左から、増田さん、鳥居さん
企業や投資家に魅力的な市場を作る
日本取引所グループ(JPX)は、株式を発行して資金を調達したい企業と、株式の売買を行いたい投資家を結ぶパイプ役を担う組織です。
「JPXは“スーパーマーケット”のような役割を果たしています。我々の場合だと、お店に並べる商品(上場会社など)の魅力を高め、お客様(投資家)に提供します。上場会社と投資家の出会いの場・仕組みを提供することが我々のサービスです。」(サステナビリティ推進部 鳥居夏帆さん)
JPXの企業理念には、公共性と信頼性の確保が掲げられています。利便性・効率性・透明性の高い市場基盤を構築し、企業や投資家にとって創造的かつ魅力的なサービスを提供することで、豊かな社会の実現に寄与しています。
日本の家計における金融資産の構成比は、諸外国に比べて現金・預金の占める割合が高いと言われていますが、近年では少額投資非課税制度(NISA)の導入や、日本銀行によるマイナス金利導入の影響などにより、「貯蓄から資産形成へ」の流れも進んでいます。市場の魅力向上に努め、グローバル競争力の強化を目指すJPXは、日本市場が世界に取り残されないために必要不可欠な存在なのです。JPXはそうした使命感を持って、投資家、上場会社をはじめとするステークホルダーのニーズに応える創造性の高いマーケットを提供するために、さまざまな取組みを進めています。
世界中で重視されはじめたESG投資
近年、投資判断に環境、社会、ガバナンスの要素を取り込んだ「ESG投資」という言葉がよく聞かれるようになりました。2015年9月に国連サミットで採択されたSustainable Development Goals(SDGs)は、2030年までの「持続可能な開発目標」として17の目標(ゴール)と169のターゲットから成り立っていますが、「ESG投資」はそのSDGsを実現するための手段の一つとして注目されています。
「ESG」は、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を表しています。ESG投資が拡大した背景の1つには、気候変動への関心の高まりと対応の進展があります。SDGsが採択されたのと同じ年に、フランスのパリで国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催され、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という世界的な目標が掲げられました。夏の猛烈な暑さや、自然災害の甚大化などを目の当たりにし、気候変動に対しての取組みが世界的に喫緊の重要課題とされるなか、金融界でも気候変動に関する議論が進められています。
例えば、金融安定理事会(FSB)は、気候変動は金融市場を不安定にさせる要因になる可能性が高いとの考えから「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」を立ち上げました。TCFDは、気候変動の金融セクターへの影響や対応策に関する議論を進め、2017年に提言を公表しています。この提言は世界中の投資家や企業から支持されており、現在、2600超の企業・機関が賛同しています。JPXも2018年10月にTCFDへの支持を表明して、提言の普及・促進に努めています。
欧州では、気候変動対応をはじめとするサステナビリティ課題に関するプロジェクトへの民間資金導入を促進する観点から、2018年に欧州委員会が「サステナブル・ファイナンスに関するアクションプラン」を策定し、企業の気候変動関連の情報開示やグリーンボンド(企業や地方自治体等が、気候変動対策、自然環境保全などに要する資金を調達するために発行する債券)に関する議論を進めています。
地域別サステナブル投資資産の成長率
出典:GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020
日本では2020年10月、菅前総理大臣が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという方針を打ち出したことをきっかけに、官民一体となって脱炭素社会を目指す動きが加速しており、ESG投資への注目度も急速に高まっています。さらに近年では、投資家の間で中長期的な視点で企業価値を評価する際に、ESGの要素を重視する傾向が高まっています。また、私たちの公的年金の運用においても、ESG投資が積極的に採用されています。
日本のESG投資を推進していく
JPXは金融商品取引市場の開設者として、ESG投資の普及に取り組んでいます。
特にガバナンスに関する取り組みを積極的に進めてきました。具体的には、コーポレートガバナンス・コード(「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み。「コーポレートガバナンス・コード」は、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもの。)を策定しています。このほか、ESG関連の指数の算出、上場投資信託(ETF)の上場、女性活躍や健康経営を推進する企業の選定などを行っています。
また、サステナビリティに関する取り組みを全社横断的に加速させるべく、JPXでは2018年7月に「サステナビリティ推進本部」を設置し、関連部署と連携して取り組みを進めるとともに、国内外のステークホルダーとの関係強化を図ってきました。2021年4月には、さらなる機能強化を目的として「サステナビリティ推進部」を新設しました。
JPXのサステナビリティに関する取組みは大きく分けて3点です。
1点目は、上場会社のESG取組み・情報開示のサポートです。具体的には、コーポレートガバナンス・コードの策定、同コードへのサステナビリティ視点の取り込み、女性活躍や健康経営を推進する企業の選定、情報発信を通じたESG情報開示・対話の促進などがあります。
コーポレートガバナンス・コードは2015年に策定され、2018年、2021年と2回改訂されています。2018年の改訂時には、「非財務情報」にESGに関する情報が含まれることを明確化しました。2021年の改訂では、中長期的な企業価値の向上に向けて、サステナビリティを巡る課題に対して積極的・能動的に取組むことや、関連する情報を適切に開示することを盛り込んでいます。
2点目は、ESGに関連する商品やサービスの提供です。具体的には、上場投資信託(ETF)の上場やESG関連指数の算出、再生可能エネルギーに関するインフラファンド市場の開設、グリーンボンド・ソーシャルボンドに関する情報プラットフォームの提供などがあります。
3点目は、JPXの組織としてのレジリエンスを高めるため、自社のESGへの取り組みや情報開示を充実させることです。例えば、気候変動に関しては、2024年度までにJPXグループ全体で消費する電力の100%を再生可能エネルギーに切り替え、同時期までにJPXグループ全体でのカーボン・ニュートラル達成を目指すという目標を掲げています。
「JPXレポート」より、JPXのサステナビリティにおける3つの柱
「JPXでは、ESG投資の推進を通じて金融の世界からSDGsを達成するお手伝いをしています。これはきれいごとに聞こえるかも知れませんが、SDGsへの注目度がこれほど高まっているのは、“きれいごと”とビジネスがうまくマッチしてきているからです。」
「以前は社会貢献というと『黙ってやる』『ビジネスと関係ないところでやる』という部分もあったかもしれません。また、日本には昔から『三方良し』というSDGsに通じる経営思想が存在していましたが、ROI(投資した資本に対する利益の割合)が低く、それが企業価値を下げる要因になっていました。ところが今は、ESG投資という概念のおかげで、それを行うことで自社にリターンがあるということを、経営陣もわかってきているのです。」(サステナビリティ推進部長 増田剛さん)
しかし、せっかく良い経営をしていても、情報発信や情報開示がうまくできなければグローバルな投資家からの資金供給にはつながりません。そこで、JPXでは上場会社の自主的なESG情報の開示を支援し、上場会社と投資家との対話を促進するため、「ESG情報開示実践ハンドブック」や「JPX ESG Knowledge Hub」というオンラインコンテンツを作成しています。
グローバルマネーを呼び込むESG投資
『ESG情報開示実践ハンドブック』は、4つのステップで構成されています。これは、開示項目のみに注目するのではなく、そこに至るまでにESGに関する取り組みと企業価値を結びつけるためのプロセスを経ている点も重要だという考えが背景にあります。
「ESG情報開示実践ハンドブック」を構築する4つのステップ
「JPXが企業のSDGs、ESG取り組みや情報開示・対話促進をサポートする理由の1つは、そうした取り組みが上場会社の企業価値の向上につながり、さらには社会や環境の持続可能性を高めると考えているからです。多くの企業が事業を通じて社会・環境課題に対するソリューションを提供していて、そうした取り組みが企業の持続的な成長や企業価値の向上にどのようにつながっているのかを、SDGsやESG投資に紐づけながらストーリ立てて説明する企業が増えていると感じています。」
「一方で、ESG投資が拡大するなか、企業は投資家をはじめとするステークホルダーから、自社のサステナビリティに対する考え方や具体的な取組み、さらにはそれらと事業活動の発展や企業価値向上のつながりについて説明を求められるようになっていて、試行錯誤しながら対応されている企業もあると思います。そうした企業のお役に立てる活動をしていきたいと考えています。」(鳥居さん)
JPXが上場会社のESG取り組みや情報開示の支援を通じて目指しているのは、上場会社全体の企業価値の向上を促し、日本市場の魅力を向上させることです。
「日本の企業数・従業員数からすると、上場していない企業の方がずっと多くなります。そういった企業のなかには『うちはESG投資の対象になっていないから対応しなくてよい』と考えている経営者もいますが、最近はサプライチェーンまでESG対応をしているか厳しくみる大手企業も増えてきています。」
「また、ESG課題に対する意識の高い上場企業でも、社内では理解度に温度差がある場合もあることが実情だと思います。企業規模に関わらず、ESG対応が不十分だと感じている企業は、今後、世界のESGマネーが入ってこなくなるという危機感を持ってESG課題に取り組んでく必要がありそうです。」(増田さん)
生命保険協会より、ESGの取り組みに関する情報開示について
出典:一般社団法人生命保険協会提言レポート(2020年度)
さらに、よくあるのは「ESG投資は金融業界だけの問題」という誤解です。
「気候変動、社会課題の解決にはお金がかかります。だからこそ、ESG経営に取り組む企業の持続的な成長には、グリーンマネー調達の仕組みを作ることが必須です。例えば、2050年に世界全体でCO2排出量をゼロにするには、日本円で『8京円』というお金が必要と言われています。一国の国家予算の何百年分もの莫大な資金を調達する仕組みをどのように作るかというのは、金融業界の役割・課題です。」(増田さん)
「気候変動の解消に寄与する技術や、社会課題の解決に資するようなノウハウを持っている企業がそれを世の中に出していくためには、お金が必要です。その資金を提供する投資家が判断材料にしているのがESGの要素なのです。」(鳥居さん)
これからは企業がESG経営に本気で取り組んでいるかどうかについて、投資家だけでなく、就職を希望する学生も見極めなければいけません。
「日本は2030年までに温室効果ガス46%削減、2050年までにカーボンゼロを実現することを目標として掲げていますが、学生のみなさんはちょうどその時代に社会の第一線で活躍する年代です。そう考えると、ESGに関して備えができていない会社に入るというのは、リスクがあると考えるべきです。」
「採用担当者は企業経営者の代弁者でもあるので、その企業がESG課題に対し、どのような目標を掲げ、どのような取り組みをしているのかを、面接時に質問をしてみるくらいのつもりで企業選定をすると、良いご縁につながるのではないかと思います。」(鳥居さん)
働きがいと成長が同時に実現できるJPX
JPXに限らず、これからの企業で高いパフォーマンスを発揮できるのはどんな人なのでしょうか。
「新型コロナウイルス感染症の影響で、リモートワークが加速度的に進んだのは、1つのブレークスルーでしたが、一方で、リモートワークでもパフォーマンスが落ちない働き方が求められるようになったと感じています。自分で仕事を作り上げていき、能動的かつ主体的に仕事をできる人が、これからの企業では求められてくるのではないでしょうか。」(増田さん)
では、JPXはどんな人材を求めているのか。お二人にJPXでの働きがいについて教えていただきました。
「JPXは公共性が高く、国内外で信頼される魅力的なマーケットを作っていくため、自主性を持った人材がみんなでアイデアを出し合いながら、より良い仕組みや商品・サービスの提供を目指しています。“公共性”と“クリエイティビティ”のバランスを取りながら利益を生み出しているところは、他の企業にはない魅力だと思います。」
「“人”を大切にしている会社だというのも大きな魅力です。研修制度や福利厚生の充実など、積極的に“人”に投資をしています。私は入社後、海外留学制度を使って2年間、イギリスのビジネススクールに通わせてもらいました。サステナビリティやESG、インパクト投資の最先端の動向を学び、ビジネススクールの仲間と議論を交わした経験は、今の業務にも活きています。“人を大切に”という環境の中で、やりがいのある仕事ができる会社ではないでしょうか。」(鳥居さん)
「ESGの取り組みに関して、上場企業への働きかけができるというのは、大きなやりがいになっています。冒頭で“スーパーマーケット”という話も出ましたが、別の例えなら、プロ野球スタジアムの運営者、ルールメイカー、審判係ということもできます。」
「上場企業や投資家というプレイヤーが活動しやすい環境(グラウンド)を整備する、あるいは、投資家・市場参加者(観客)の期待に応える仕組み・ルールを作ることが私たちの仕事です。自分がプロ野球選手になりたい、という人には向いていないかもしれませんが、世界中の観衆(投資家)に観戦(参加)してもらう魅力的なスタジアムを作ることにやりがいを感じる人は、ぜひ、弊社の採用ページをのぞいてほしいと思います。」(増田さん)
『こんな会社で働きたい SDGs編2』より転載。
株式会社日本取引所グループ
取材日:2021年10月11日
取締役 兼 代表執行役グループCEO:清田瞭
設立:2013年1月1日
事業内容:金融商品取引所持株会社グループの経営管理およびこれに附帯する業務