慶應義塾大学大学院|幸福度が高まる働き方 「成長」と「貢献」を実感できる会社で働こう

前野 隆司(まえのたかし)
1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授などを経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。幸福学の第一人者であり、著書に『幸せに働くための30の習慣』(ぱる出版)、『実践! ウェルビーイング診断』(共著、ビジネス社)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など多数。専門分野は幸福学、システムデザイン・マネジメント学など。

従来の健康経営の考え方から一歩先へ。働く人のウェルビーイングに着目し、生産性向上や優秀な人材の確保・定着、持続可能な成長につなげようとする会社が増えています。多くの人が幸せを感じながら働ける職場環境を実現するためには、どのような視点が必要なのか。これから就職活動に臨む学生は幸せに働くためにどのような判断基準で会社選びをするとよいのか。幸福学の第一人者である慶應義塾大学大学院の前野隆司教授にうかがいました。

なぜ、ウェルビーイングが注目されているのか

ウェルビーイングは1946年のWHO(世界保健機関)設立時に、設立者の一人であるスーミン・スー博士が健康を定義する際に使った「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」が初出だと言われています。翻訳すると、「広義の健康とは、身体的、精神的、社会的に良好な状態であって、単に病気や病弱ではないことを指すものではない」という意味です。この文章の中の「良好な状態」が、「ウェルビーイング(well-being)」という単語です。

企業においてウェルビーイングが注目されている背景は、働く人のウェルビーイングを高めると、さまざまなメリットがあることがわかってきたからです。心理学には「サブジェクティブウェルビーング=主観的幸福」という分野があります。その研究において、幸せな人は創造性および生産性、売上が高くなる、離職率や欠勤率が低く、仕事上のミスが少ないという結果が出ています(図表1)。

また、最近の研究では、従業員が幸せな会社は企業価値、株価、利益率が高いというデータもあります。企業が繁栄するためには、従業員の幸福度が極めて重要であることが明らかになり、それが世の中に知れ渡るにつれ、多くの企業がウェルビーイング経営に着目するようになっていきました。

ウェルビーイング経営は、健康経営と重なる部分があります。ただし、一部の企業におけるオールドタイプの健康経営は、「十分な睡眠をとりましょう」「適度に運動をしましょう」といったフィジカル面を重視した施策のみとなっていて、仕事のやりがいや人とのつながりといった幸福感までカバーできていない現状があります。

近年、ウェルビーイング経営という言葉が頻繁に使われるようになったのは、健康経営をさらに進化させ、従業員一人ひとりの心身を良好な状態にするところまで取り組むことの重要性が広く理解されるようになったからだと言えるでしょう。

働く人の「幸せ」「不幸せ」にかかわる要因

パーソルグループのシンクタンクであるパーソル総合研究所と前野隆司研究室は、共同で「はたらく人の幸せに関する実証研究」を行っています。この研究では、働くことを通じた幸せ・不幸せがパフォーマンスやメンタルヘルスに与える影響、働くことを通じた幸せ・不幸せの効果などについて調査しました。

この研究の中で特に注目していただきたいのが、「はたらく人の幸せの7因子」(図表2)および「はたらく人の不幸せの7因子」(図表3)です。前者は、自己成長、リフレッシュ、チームワーク、役割認識、他者承認、他者貢献、自己裁量から構成され、後者は、自己抑圧、理不尽、不快空間、オーバーワーク、協働不全、疎外感、評価不満から構成されます。働く人がどのようなことに幸せを感じるか、あるいは不幸せを感じるかは、この14項目が必ずかかわっています。

働く人の幸せ、不幸せの感じ方は、働く企業や役職によって違いがありますし、会社組織の形態、仕事の状況、人間関係によっても変わってきます。仕事が集中しすぎている管理職が不幸せだと感じている会社もあれば、入社3年目の若手社員が不幸せという会社もあります。企業側としては、個々人を見て適切なケアを行い、幸福を追求していくことが必要になるでしょう。

働く人の幸福度は企業の成長と雇用確保につながる

企業側がウェルビーイング経営に取り組み、働く人の幸福度を高めていくことで、さまざまな効果が期待できます。端的に言えば、働く人が幸せだと収益が上がり、企業が成長・発展します。そして、若年層の雇用確保につながります。

最近の若者は、ブラック企業を避け、元気で幸せに働ける会社に入りたいという意識が非常に強いため、就職先を入念にリサーチしています。その裏付けとして、会社選びの基準についてアンケートをとると、昇給、昇格といった条件よりも、幸せに楽しく働くことを重視する傾向があることがわかります。ウェルビーイング経営は企業の繁栄と雇用の確保によい影響を及ぼす、これからの時代に不可欠な取り組みと言えるでしょう。

従業員のフィジカルとメンタル両方の健康を増進し、幸福度を高めると、心に余裕が生まれ、仕事にやりがいを感じられるようになります。逆に、「仕事はつらいけれど、給料をもらうためには仕方がない」という滅私奉公的な価値観では、幸せになることは困難です。2023年の全国高等学校野球選手権記念大会(夏の甲子園)では、「エンジョイ・ベースボール」を掲げる慶應義塾高校が優勝しましたが、企業も「エンジョイ・ビジネス」「エンジョイ・ワーク」へと価値観を転換するべきです。

つらい中で頑張るのは決して悪いことではありません。しかし、真面目に頑張りすぎることによってメンタルヘルスを損なう人もいます。どんな仕事でも少なからずプレッシャーはあると思いますが、その過程を楽しめるようになることが大切です。従来の「仕事はつらく苦しいもの」という価値観から、努力を楽しむ方向へと変わっていくべきです。

大きな枠で考えると、日本、韓国、中国などのアジア圏の国は儒教道徳の影響が強く、自己犠牲が美徳とされていますが、そのような価値観は人を幸せにしません。ヨーロッパ、特に北欧であれば福祉という意味でのウェルビーイング、アメリカではハピネスに近い意味でのウェルビーイングを目指そうという社会的合意が形成されています。

もちろん、儒教的な道徳観はいい面もあり、おもてなしなどの習慣にもつながっていますので、欧米文化のよいところを取り入れ、ウェルビーイング経営を定着させていくことが大切です。

利他の心が働く人の幸福度を高める

ウェルビーイング経営が進み、働く人の気持ちに余裕ができると、利他の心が生まれます。利他心は幸せと相関関係があります。

利他は「自分の時間が減るから損だ」という人がいますが、そんなことはありません。ボランティア活動をしたり、人に親切にしたりすると、ほんわかとやさしい気持ちになり、自分をいい人だと感じられるようになります。たとえば、現役をリタイアしてセカンドライフにボランティアを始める方が増えていますが、そういった方たちは、直感的に自分が幸せになる方法をわかっているのだと思います。いい人になることは幸福度を高めるので、ティップスとして頭の隅に留めておいても損はありません。

利他は身近な人間関係を良好にし、大きく捉えれば、世界平和や環境問題の解決にもつながり、いいことだらけです。若いうちは、生存本能によって自分を鍛えたいという思いが先に来て、その後、子育てなどの社会経験を積むことによって、世の中に恩返しをしたいという気持ちが湧いてくる傾向があります。

ただし、利他心には個人差があり、10代の頃から利他心が強く、仕事を選ぶ際に対人援助職を志望する方もいます。若いうちから利他的な人は自己犠牲に陥らないよう気をつけ、利他心が弱いという自覚のある人は自分の中で少しずつ育てていくことを意識するとよいと思います。

「成長」と「貢献」を実感できる仕組みづくり

従業員の幸福度を高めるために、企業側は何をすればよいでしょうか。キーワードとなるのは「成長」と「貢献」です。ただし、社会経験のない若者に成長と貢献の重要性を説いても、少々説教くさくなります。そのため、会社組織の中で成功体験を積んでもらう仕組みをつくることが重要です。

企業は人間を磨く場でもあるので、「学びを深めてより仕事ができるようになった」「クライアントに喜んでもらえた」という成功体験をしてもらい、押し付けではなく、楽しみながら成長と貢献を実感できる環境がつくれれば理想的です。仕事における幸せについて、業務が楽で、残業がなく、給与が高いことだと考えている人も多いと思いますが、幸福度により効果があるのは、いかに成長と貢献を実感できるかです。これは研究データから明らかになっています(図表4)。

成長を実感できるための仕組みづくりとしては、まずは充実した研修の実施が効果的です。また、成長実感のある仕事の与え方も大切です。難易度の高すぎる仕事を与えるとハラスメントになってしまうこともありますが、キャパシティを少し超える程度の仕事を与え、褒めたり、エンカレッジ(勇気づけ、励まし)をして成長を促します。人間はAIよりも単純で、ただ「働け」と言われると労働意欲がなくなり、「頑張っているね」「いつもありがとう」と感謝されたり、エンカレッジされたりするとやる気が出ます。

成長したくなるような風土づくりも重要です。1on1ミーティングでコミュニケーションを深める、若い人の意見を働き方に反映するといった積み重ねを地道に行うべきです。上司や先輩は若い人の不満を聞き、どのように改善するかを一緒に考えます。今は苦しいけれど、大きな夢に向かってともに頑張ろうという企業風土があれば、自然と会社に貢献したくなり、成長にもつながります。

貢献という意味では、近年、パーパス経営や理念の浸透が重視されています。理念を明確にして、「私たちはこの製品・サービスを通して社会に貢献している」ということを若い社員に伝えます。新入社員の大半は仕事の全体像が見えにくいため、その仕事が何の役に立っているのかがわかりません。ともすると、末端に行くほど自身を歯車のように感じてしまいます。そのため、理念の浸透を図り、どのように社会貢献しているかを伝える必要があります。

理想論から入りましたが、それ以前の段階として、まずはネガティブな習慣をなくすことが大切です。ハラスメントまがいの行為が横行しているのであれば、なくす必要があります。

昔は「この仕事をやっておいて」というコミュニケーションが当たり前でした。しかし、今の時代の若者は、そうした指示をハラスメントと捉えます。「君がこの仕事をやることで社会がよくなるから頼むね」という伝え方にすれば、やる気が出るはずです。命令から感謝とエンカレッジを重視するコミュニケーションへと変えることは、社会全体において急務です。

日本は諸外国に比べて男女差別やハラスメントが根強く残っており、仕事をやらされている感も高い傾向にあります。世の中が急激に変わりつつある中で、管理職が学びを深め、意識を変え、多様性を認める平等なコミュニケーションを図ることで、若手は幸福度を実感できるようになるでしょう。

幸福度が高い企業の成功事例

ここで、働く人の幸福度が高い企業の事例を2つ紹介します。まずは徳島県にある西精工株式会社です。「六角ナット」というネジをつくっている会社ですが、従業員の幸福度が高いことで有名です。

幸せな会社で働く人に「仕事でどんなときが幸せですか」と聞くと、「成長と貢献を実感できたとき」という答えが返ってきます。信じられないかもしれませんが、西精工の社員約250人に同じ質問をすると、誰に聞いても「成長と貢献」を挙げます。

西精工が幸福度を高めるために何をやっているのかといえば、掃除、あいさつ、コミュニケーションです。同社では、自分たちで会社をきれいに掃除する、大きな声で元気に目を見てあいさつをする、役職に関係なくコミュニケーションを図る、そして理念の浸透をしっかり行うことを徹底しています。

社員はそれらに取り組むことで、自律的に働くようになります。掃除に関しては、製造業なので機械が油まみれになったりしますが、きれいに掃除して整理整頓を心がけています。人間は単純なので、掃除をして外側がきれいになると、心もきれいになり、誠実で倫理的な人になります。あいさつをすると清々しい気持ちになり、ミスが減り、生産性も創造性も上がるなど、いいこと尽くしです。惚れ惚れするほど幸せな会社です。

大企業では、化粧品メーカーの株式会社ポーラが好例です。私がアドバイザーを務めている「幸せ研究所」というラボを社内に設置し、ビューティーディレクターや販売員をはじめとする社員の幸せと、メイク効果によるお客さまの幸せを研究しています。

社員に対しては「幸せなチームづくり7か条」を掲げ、「対話する・目をつむらない」「ジャッジしない・正解を求めない」「執着しない・リセットする」「任せる・委ねる・頼る」「経験を教訓にする」「相手を変えるのではなく自分が変わる」「愛のループを自分から始める」という考え方を取り入れ、ウェルビーイング経営を推進しています。

及川美紀社長は非常に志が高く、「うちはまだ幸せな会社と言わないでください。幸せを目指している会社です」と公言し、さらなる高みを目指されています。ウェルビーイング経営に関して、さらなる可能性を感じる企業ですね。

同じ職場でも人によって幸福度に違いが出るのはなぜ?

同じ職場で働いても、幸せに働いている人とそうでない人がいます。「やりがいを感じているか、やらされている感があるか」「コミュニケーションが十分か、不十分か」「成長意欲が高いか、低いか」「貢献意欲が高いか、低いか」など、原因は複数ありますが、これらの中で最も影響が大きいのは「やらされ感」です。ただただ仕事を大変だと思ってやっている人は、やりがいもなく、つながりをつくろうともせず、成長意欲も貢献意欲も低い傾向があります。主体的に視野を広くして、世の中の役に立つことをやっていると自覚できていれば、幸福度は高まります。

視野が広くなれば、どのような仕事でも世の中の役に立っていることがわかりますし、より貢献しようという気持ちが湧き、創造性も生産性も高まります。視野を広く持つことは意外と簡単で、さまざまな経験を積む、考え方の選択肢の幅を広げるという方法があります。やらされ感に陥らない視野の広さを持つことは非常に重要です。

もうひとつは人間関係です。会社の人と一緒に働いて楽しいと思えるような人間関係であれば幸せですが、苦手な人と週に5日間会わなければいけない状況は心理的に負担となります。先ほどお話した西精工の皆さんは、土日になると社員同士が家族同士で連れ立って一緒に遊びに行くそうです。ともに働いていて心地がいいから、週末も一緒にいたくなるという好循環ですね。

人間関係をよくするように努め、悪口を言わずに人のいいところを見つける習慣づけも大切です。人間ですから誰でも欠点があります。互いに欠点ばかりを意識していると、会社がネガティブな雰囲気になってしまいます。

人間関係をよくするもっと簡単な方法は、口角を上げて笑顔になり、姿勢をよくすることです。それだけで話しかけやすい人になり、会社の雰囲気もよくなるはずです。西精工の皆さんの掃除のように、外側から入ることで内面も充実していきます。

ただし、無理をすると自己犠牲になるので、その点は気をつける必要があります。幸せは活力につながりますが、利他的になり成長しなければと自分に課すと重荷になります。個人の行動と、企業の受け皿が噛み合えば、働く人の幸福度は目に見えて上昇します。

楽しく働きながら成長できる会社を選ぶ

これからの時代は、ウェルビーイング経営に取り組んでいる企業で働くことが主流になっていくと思います。大きな流れとしては、会社側が人的資本の情報開示を行い、ウェルビーイングな会社が繁栄し、そういう会社へ優秀な人材が増え、幸せに働ける人が増加するという好循環が生まれます。私の立場からすると、働く人の未来は明るいと思っています。

学生の皆さんが就職する企業を選ぶ際は、ぜひ、OB・OG訪問をしてたくさんの人と会ってください。可能であれば年齢が近い先輩だけでなく、20歳上、40歳上の人と話し、その会社の雰囲気をよく観察することをおすすめします。その会社が本当に自分に合っているのか、働いたらワクワクするのか、そういうポイントで選ぶことが大切です。

同時に、どのような理念を掲げる会社なのか、その理念に熱意はあるのか、うわべだけのものなのかを見抜く力も必要です。若く社会経験が少ない場合、実情を見抜くことは簡単ではありませんが、できる限り情報を収集することが重要です。もし、就職した会社が自分に合わないとわかった場合も、一生同じ会社で働く時代ではないため、転職するという選択肢があります。

幸せを実感できない会社をすぐに転職したほうがいいかどうかは、個人の資質によります。転職は大きく2つに分かれ、転職するたびにやりたい仕事から離れて給料も下がっていく人と、やりたい仕事を楽しみながらスキルアップできるようになる人がいます。視野の広さと利他心さえあれば、たいていの仕事はやりがいを持って取り組めるはずですが、ブラック企業である場合や携わる業務が向いてない場合もあり、非常に見極めは難しいのですが、今の会社と比べて転職先のほうが活躍できるか、幸せを感じられるかを熟考してから転職してほしいと思います。

就職や転職について、私の立場からあえて言うとするならば、企業のブランド力と給与は二の次、三の次で、自分が楽しく働きながら成長できるという視点で会社を選ぶといいと思います。ブランドはあくまで過去の栄光で、未来も同様にブランドが続くわけではありません。給与は大企業の平社員よりも中小企業で出世したほうが大きく昇給する可能性があります。福利厚生も大事なポイントかもしれませんが、幸せな人は健康長寿なので、福利厚生の充実を求めるよりも、幸せに働ける環境かどうかのほうが重要です(図表5)。

これからは激動の時代になります。少子超高齢化、環境問題や貧困問題など社会課題はたくさんありますが、一方でAIやテクノロジーも急速に進歩しています。その激変の中で生き延びられる会社を選ぶ、生き延びられる人材になることを目指せば、どこでも働けるようになり、自然と自己成長につながるのではないでしょうか。

大切なのは、「未来は明るい」と信じて、希望を持つことです。未来は暗いと思ったら暗い気持ちになりますし、創造性も生産性も下がります。不安なことばかりが報道されますが、これから超高齢社会の新市場も生まれますし、世界に目を向ければ、爆発的に人口が増加するアフリカでは市場の拡大が確実です。50年後、100年後の未来は誰もが幸せと思える時代がくることを信じて、よりよく働き、生きてほしいと願っています。

こんな会社で働きたい 働く人の幸せを追求する健康経営企業編 (企業研究ガイドブック) 』より転載。

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