左から 内田さん、仙北谷社長、柳田さん
企業の「社会での存在意義」を打ち出す「パーパス」。昨今、世界的に「パーパス経営」が注目を集めているなか、国内での第一人者である経営コンサルタント・名和高司さん(一橋大学ビジネススクール客員教授)が“パーパス経営の成功例”と太鼓判を押すのが、社員約30人の金属加工会社「株式会社仙北谷」だ。宇宙機器部品や自動車や光学機器等の試作部品などを製造する同社は、社員主体でパーパス「宇宙技術でワクワクする未来へつなぐ 品質に挑むものづくりエンターテイナーズ」を策定後、採用活動なども経て社内の雰囲気が変わり、業績も向上し出している。
2023年4月に社長に就任した仙北谷仁さんと、実際にパーパス作りに関わった製造部加工課課長の柳田貴司さん、主任の内田秀一さん、設計係の佐伯歩美さんに聞いた。
変革期にパーパスを策定。社員の自分ゴト化につながる
―まずは、御社がどんな会社か教えてください。
仙北谷さん:2023年で創業61周年の会社になります。創業者は私の叔父にあたる仙北谷英次で、自動車部品の量産品(プレス)の下請けからスタートしました。その後、金型製造技術を活かした金属加工に専念し、受託の精密部品加工に業態変更して現在に至っています。
現在は自動車や輸送機、光学機器などの試作部品が主力製品になりますが、同時に、宇宙機器部品の製造も増えており、当社の製造物の約4割に達しています。この分野は今後ますます伸びていくと予測されるので、人も機材も先行投資しているところです。
―宇宙に関わるお仕事はワクワクするでしょうね。成長性もあって将来が楽しみです。2021年に「宇宙技術でワクワクする未来へつなぐ 品質に挑むものづくりエンターテイナーズ」というパーパスを策定されたのは、今後の成長を見込んでのことでしょうか?
仙北谷さん:実はパーパス策定のきっかけは、メディアの企画でした。日本経済新聞の「カイシャの未来」という連載の一環で、「御社もパーパスつくりませんか?達人と挑戦してみた」という企画があり、そこに登場する企業として、当社に声がかかりました。
企画では、パーパス経営の第一人者である名和高司先生がリードしてくださり、社員の中からベテラン3人・若手3人が話し合いを重ねて、パーパスを作り上げました。その過程では、社員全員の意見を聞くべく、朝礼や会議の場で情報共有も行っています。
―外部からの声かけを、いいきっかけとされたのですね。
仙北谷さん:はい。ちょうど会社の変革のタイミングでもあったので、よい機会をいただきました。
私自身は出戻りの身で、2019年に会社に戻り、2022年に取締役となったのですが、戻ってきたころの当社は長年設備の更新がされず生産性が落ち、社員の高齢化も進んでいました。そのため、まずは若い人を増やし、ベテランの技術を伝えるなど、てこ入れが必要な状況でした。パーパス策定の話は、ちょうどそのタイミングだったので、社員が自分たちの会社や仕事を見直す良い機会になったのではと思います。
―柳田さんと内田さん、佐伯さんは実際にパーパス作りに携わっていかがでしたか?
柳田さん:正直、最初はパーパスを作ると聞いても何をすればよいのかわからなかったですし、戸惑いましたね。でも、アイデアを絞り出す過程で、社員の交流が生まれたのが良かったと思います。社員同士が年代を超えて気軽に話す機会を通して、社内に一体感が生まれたと感じています。私自身は20年、この会社で働いていますが、「ワクワクする未来へつなぐ」というパーパスのおかげか、社内の雰囲気が以前より明るくなったように思いますね。
内田さん:私は28年目ですが、パーパスを作る過程で、改めて、自分たちのものづくりに対して責任や誇りを持てるようになった気がします。
もともと「仕事はやらせていただくもの」という社是はあって、誠意や感謝の気持ちを大切にしてきましたが、一方で、今思うとどこか受け身の姿勢につながっていたのかもしれません。
ところが、パーパスの中に「宇宙技術」「品質に挑む」「ものづくり」といった言葉が入ることによって、「ああ、そうか。自分が作ったものが、衛星が宇宙に飛び出すために役立っているんだ」とか「これを作ることで車が動くんだよな」というように、「ものづくり」そのものに対して誇りが持てるようになった気がします。
そういう意味で、パーパスの中に「ワクワク」という言葉が入ったのは、外部にも伝わりやすく、社員の間でも共感が得られて、良かったと思っています。
佐伯さん:私は入社1年目で参加させてもらったのですが、ワークショップで話し始めるとベテランの方も熱い想いを持っていることを知り驚きました。年次の若い私の意見も取り入れられたのが嬉しかったですね。
―パーパス作りの過程では、どのような話し合いが行われたのでしょう?
柳田さん:「『顧客』にとって」「『社員』にとって」「『社会(コミュニティ)・地球(未来のこどもたち)』にとって」の3つのテーマに対し、自分たちのありたい姿などを、どんどん書き込んでいきました。付箋に書いて、ボードに貼っていくのです。その中では、「暮らしを支える」「圧倒的存在感」「下町技術」「製造業の相談役」などの言葉がたくさん出ました。その結果として、私たちの「顧客の要望に沿って工夫して、それを実装する力」が市場で評価されていることを再確認できたと思います。
若手からは「匠の技で人々をあっと驚かせたい」と意見があり、それが「エンターテイナーズ」の言葉につながりましたね。製造業は”お固い”イメージもあると思うので、そこを変えたかったのです。
その思いが通じているのか、最近では、営業職から「面白そうだ」とものづくりに飛び込んできた社員もいました。また、大学を卒業した新卒社員や女性の入社も増えてきています。
仙北谷さん:当社が大切にしているのは人間性です。たとえ未経験でも、探究心や素直さ、やる気があれば、技術は必ず身についてくるものと考えているためです。
技術承継を意識しながら、みんなで取り組む
―御社の「ものづくり」についても教えてください。
柳田さん:約30人いる社員のほぼ半数は製造部に所属し、人工衛星・ロケットなどで使われる宇宙機器部品や、自動車部品などを試作・製造しています。
金属加工を得意としており、旋盤といわれる機械で回る素材を刃物で削っていくものや、逆にワークを固定して刃物で削っていくマシニング加工、放電加工しながら二次元加工の形状を抜いていくワイヤーカット、電極で放電加工する型彫り放電加工などを組み合わせてお客様の依頼に応えています。
製造部では加工法によって担当を分けるということはしていません。多能工化を目指してなるべく担当をシャッフルしながら、みんながいろいろな加工に関われるようにしています。
というのも、限られた人数で臨機応変に作業していくには、みんながある程度どの加工にも習熟していることが求められます。現場では、ベテランと若手が流動的に加工に関わり、自然に技術承継が促されていますね。
―技術を覚えるというのは、どのくらい難しいことなのですか。
柳田さん:製造の過程は大きく2段階に分かれます。まずは、パソコン上での加工シミュレーションです。CAD/CAMという設計ソフトを使って、求められる品物の形状に合わせて刃物を選択するなどし、一旦、パソコン上で架空の製品を作ってみる想定で加工プログラムを組むのです。次に、実際の機械に選択した刃物と同じものをセットし、加工データを読み込ませて現物を製作していきます。
実際の加工では刃物が振動したり、切り出しの難しい角度があったりするので、機械の速度を落としたり、浅めに削ってみたりとさまざまな工夫が必要になり、ここに経験や技術力の差が出ます。当社がお任せいただいている宇宙機器部品などは特に精度が求められる物なので、本当に難しいものはベテランが担当し、若手はサポートに入って製作しています。とても複雑な形状のアルミニウムの削り出しなどでは、一つの部品でも60時間くらいかかるものもありますね。
内田さん:経験を積まなければ技術力が上がっていかないので、若手にもチャレンジをしてもらっています。その際もベテランと一緒に作業し、少しずつレベルアップできる範囲で任せるなどの工夫をしています。
さらに、若手が少しでも早く独り立ちできるように、ものづくりのマニュアル化を進めています。以前は、若手は見よう見まねで技術を覚えていました。その良さもあるのですが、会社としてはマニュアル化すると手法を統一できますし、若手社員にとっても自発的に学べ、ミスのリスクを減らしていけるものと思います。
幸いにして当社にはベテランが多数いますので、彼らのノウハウをできるだけ言語化・数値化し、マニュアルを会社の財産として活用したいと考えています。
「職人の世界」が持つイメージとは異なる自由な社風
左から 柳田さん、内田さん、佐伯さん
―メーカーから指定されたものを製作して納品するのでしょうか。
柳田さん:はい、宇宙機器部品は図面をいただいて部品を製作していますね。宇宙関係は機密性が高く、私たちが作った部品が人工衛星のどこに使われるのかは知らされないのですが、どの人工衛星に使われているかはある程度わかるので、打ち上げのときなどは、社員が集まり、モニターでその場面を見守ります。
佐伯さん:こちらからメーカーに提案することもあります。お客様から課題の相談を受けたときに、「こういう機能や部品も加えられますよ」というふうに、治具などを提案するのです。こうした提案をするにも知識、経験が必要になるので、その点でも、ベテランの多いこの会社はたくさんのことが学べて、未経験で入社し設計を勉強中の私にはありがたいですね。また、お客様の困りごとを解決できた時にはとても嬉しく感じます。
―高い技術を追求する職人の世界というのは、とても厳しいイメージがありますが、社内の雰囲気はいかがですか?
柳田さん:私が入社した20年前は、正直、先輩方は怖かったですが(笑)、今はみんなのびのびと仕事をしていると思います。頭髪などもラフで、社長自身がカラーに染めているぐらいですから。希望に応じて任せてもらえることが多く、自由な雰囲気があります。
佐伯さん:それこそパーパスづくりに若手も入れていただいて、「ワクワク」や「エンターテイナーズ」の文言を入れられるぐらいなので、自由に発言できる雰囲気があります。この数年で急激に若い人が増えているというのも活気の一因になっていると思います。
―最後に、今後の目標を聞かせてください。
仙北谷さん:テクノロジーの進歩により、気象予報に寄与する地球観測衛星や、BS放送などに用いられる通信衛星、カーナビや携帯電話のGPS機能などに使われる航行衛星など、人工衛星の活用は今後ますます増えていくでしょう。
そうしたなかで、高精度の宇宙関連部品を提供できる当社は、まさにパーパスにある「ワクワクする未来」に役立てると確信しています。ですから、今後は弊社の技術力を広める営業活動にさらに注力していきたいですね。そして生産量を増やし、その結果を、会社を支えてくれている社員へしっかりと還元したいと思います。
仙北谷は過渡期にあると思っています。若い人を増やして働きやすい会社にしていきたいですね。技術職の経験を積み、希望によっては営業や経営にも携わってアイデアを出してもらえればと思います。
現在はおかげさまで売り上げも伸びてきていますし、パーパス策定や採用活動、生産性向上のプロジェクトなど新しい取り組みにより社員みんながより高い意識で業務にあたってくれています。しかし社員の顔ぶれや業態は常に変化していくもの。若手のメンバーで、数年おきにパーパスを再考していくのもいいですね。こうした機会を通して社員一人ひとりが事業を「自分ゴト」ととらえることができれば、未来を創造する大きなパワーになるはずです。