2025.11.05

【佐野 傑】 「やりたい」「やるべき」「できる」が重なる仕事を

プロフィール
佐野 傑(さの たけし)

株式会社電通グループ 執行役 dentsu Japan CEO 兼
デピュティ・グローバルCOO
株式会社電通 代表取締役 社長執行役員

1992年東京大学経済学部卒業後、電通入社。長年営業部門において多岐にわたるクライアント業務を担当。2021年、電通 執行役員に就任。2022年より電通および電通ジャパンネットワーク(現 dentsu Japan)において、ビジネスプロデュース・BX/DX領域・グローバルの統括を担当。その後、電通グループのグローバル・ビジネストランスフォーメーションCEOを兼任。2024年、dentsu Japan CEO 兼 電通代表取締役 社長執行役員に就任。 2025年、電通グループ デピュティ・グローバルCOOを兼任すると共に、電通グループ執行役に就任。


「やりたい」「やるべき」「できる」が重なる仕事を

オープンワーク株式会社による「働きがいのある企業ランキング2025」で1位を獲得した電通。同社は広告・マーケティングのみならず、スポーツや事業変革まで幅広く挑戦を続ける企業です。佐野代表は、企業価値の源泉は「人と人の力の掛け算」にあるとして、働きがいは「報酬」「得意」「仲間」の三要素から生まれるといいます。こうした言葉から伝わってくるのは、働きがいを生み出すNo.1企業の“リアル”。抽象度の高い「働きがいとは何か?」という問いに対する考えを、ぜひ肌で感じ取ってください。


“働きがい”が生まれる3つの条件

我々のビジネスは、人と人の力の「掛け算」で成り立っています。既存のプロダクトやソリューションを提供する事業ではなく、定型的な案件もありません。広告領域であれば、過去とまったく同じキャンペーンを実施することはなく、毎回新しく創りあげることが求められます。「人」が価値の源泉となる事業の性質上、社員が“働きがい”を持って、能力を十分に発揮して働くことのできる環境づくりは、極めて重要です。

幸いなことに、当社は「働きがいのある企業ランキング2025」(OpenWork)で1位をいただくことができました。このランキングは、8つの項目(待遇面の満足度、社員の士気、風通しの良さ、社員の相互尊重、20代成長環境、人材の長期育成、法令順守意識、人事評価の適正感)で評価されるものです。働きがいとは、何かひとつの要素でもたらされるものではなく、会社の総合力のようなものだと考えています。それらの要素を定義するなら、次の3つの条件に集約されるように思います。

1つ目は、「報酬」です。これは働く上で当然のことで、会社として生み出した成果を、報酬という形で社員にできるだけ還元し、優秀な人材を確保し、その人材の能力を高めていきたいと考えています。一方で、当社にはお金のために働いている社員はほとんどいません。「報酬」に加えて、「仕事」と「仲間」という条件が揃っている。そこにこそ、みんなの働きがいがあるのだと思います。

自分の「得意」を発揮し、成長できる仕事

2つ目に、自分の「得意」を発揮し、成長できる仕事であることが重要です。クリエイティビティ、ロジカルシンキング、あるいは人間力なども含め、人それぞれにさまざまな能力を持っています。自分の得意なことを活かせない仕事は、やはり面白くないですよね。

社員一人ひとりが自分の能力を活かすためには、まず、その舞台が必要です。当社の場合、事業はマーケティング・広告領域に加え、スポーツ・エンターテインメント領域、さらにはクライアントの事業・経営課題を解決するビジネス・トランスフォーメーション、いわゆるコンサルティング領域にまで及んでいます。こうした幅広い事業領域の中で、自分の能力を活かす場所を探すことができます。

そのうえで、自分の仕事が生み出す影響を実感できることも大切です。自分のやっていることが、クライアントや社会にどう影響し、どう貢献しているのかわからない。それでは働きがいを得るのは難しいでしょう。

当社で考えると、マーケティング領域は自分の仕事の影響が比較的わかりやすい領域です。また、スポーツ・エンターテインメント領域も人々や世の中の反応を実感することができます。ビジネス・トランスフォーメーション領域では、クライアントの組織変革や事業の成長、社内エンゲージメントの向上といったかたちで知ることができます。

自分が持つ能力を存分に発揮しながら、その仕事が誰かのためになっていると実感できることで、働きがいが生まれる。そして、その働きがいをより強くするのが、自身の「成長」です。

人が成長する条件を考えると、ひとつは難しい仕事に取り組むことです。適度にストレッチのかかった課題に取り組み、乗り越える。そしてまた新しい仕事、難しい仕事に挑戦する。そのサイクルから成長の実感と、大きな働きがいが生まれていきます。

優秀な「仲間」と共に困難を乗り越える

働きがいを得るための3つ目の要素が、「仲間」です。我々の事業では、チームを組まずに行う仕事はひとつもないと言っても過言ではありません。

どれだけ優れたクリエイターやプランナーであっても、1人でできることには限りがあります。たとえば、創造性を発揮してクライアントや社会の課題解決に挑むことは、クリエイターにとって大切な役割です。ただ、それは決してクリエイティブ部門だけで成し遂げられるものではありません。クライアントのビジネスモデルやカルチャー、そして悩みを深く理解し、根本的な課題を見極めるBP(ビジネスプロデュース)部門や、定量・定性的な視点から課題を精緻に分析し、人の心を動かす戦略を描くマーケティング部門、経営・事業課題を解決する専門のビジネス・トランスフォーメーション部門などの存在があってこそ実現できるのです。

「チームだからこそ、より多様で大きなクライアントの課題に対し、ソリューションを提供できる」という構図を、社員みんなが理解しています。

チームでパフォーマンスを上げるために重要なのは、個々の能力をかけ合わせることです。個々が自分の力を発揮することに加えて、仲間の価値を認めあい、互いの能力を最大限に引き出していく。それができなければ、よいものは生まれません。

ここでのキーワードは、「利他」です。もちろん「クライアントのために」ということもありますが、「チームのために」というのも欠かせない姿勢です。全員が「自分が」と主張していては、よい結果は出ないでしょう。「相手のためになろう」「仲間の力を引き出そう」という気持ちが、チームの関係性を「足し算」から「かけ算」に変えていきます。

人は、自分ひとりの力では越えられない壁に仲間と共に挑み、乗り越えることで成長します。登山にたとえれば、富士山に登る前は「本当に登れるのか」と不安になりますが、仲間と力を合わせて登頂できたときに大きな喜びを得ることができます。そうして自ら登山のスキルを学び、適切な仲間と力を合わせれば、いずれエベレストを登れるようにもなるでしょう。

その過程で、自分では気づかない自身の能力を、仲間が見出してくれることもあります。自分のことは、短所も長所も意外とわからないものです。仲間と仕事をするなかで「自分にはこんな能力があったのか」と気づかされ、そこからさらなる成長が生まれる。あるいは、仲間の仕事ぶりに触れ、「この人はこんな切り口で考えるのか」といった新たな視点を学ぶこともあります。

以前、社内アンケートで「なぜ電通に残るのか?」と質問したところ、最も多く挙がった回答が「優秀な仲間がいるから」でした。独立すればもっと稼げるであろう人も大勢いますが、それでも残っている。それは、この会社だからこそ挑戦できる課題や、仲間と共に成し遂げる喜びがあるからだと思います。

会社が本人の「やりたい」を把握する

どんな仕事であれば活躍できるのかを考える基準として、私は「やりたい」「やるべき」「できる」という3つの要素があると考えています。個人の側にも、組織の側にも大切な視点です。

個人は、まず自分が「やりたいこと」を考えるべきです。成長のためには、適度なプレッシャーが必要です。しかし、少々飛躍したたとえにはなりますが「明日までに何百本のコピーを書かなければならない」といった強制的な圧力はストレスにしかなりません。

大切なのは、「クライアントに納得してもらい、人の心を動かすことのできるコピーを書きたい」という、内発的なプレッシャーです。「やらされること」では力を発揮できず、「やりたいこと」だから頑張れる。シンプルなことですよね。

自分の「やりたい」を大事にすることで、クライアントや社会のために「やるべきこと」といった基準もできていきます。会社が「クライアントのために、あなたはこれをやるべきだ」と押し付けると、心理的なコンフリクト(対立)が生まれてしまいます。社員自身が「これをやるべきだ」と信じられることで、仕事に対する意思はより強くなっていきます。

会社側に求められるのは、社員それぞれの「やりたい」「やるべき」を正確に把握すること。同時に、個人の持つ可能性と仕事を適合させることです。社員が「やりたい」「やるべき」と考えたことが実際に「できる」かどうかを判断し進めること、また、会社としても「やるべき」と判断し、もし十分に「できる」のでなければ、そのケイパビリティを拡充していくのも、会社の役割です。

たとえば、新入社員がある特定の部署を希望していても、必ずしも適性があるわけではないことがあります。本人の意志も大切ですが、会社のほうが「本人に向いている仕事」を客観的に把握している場合も少なくありません。

当社では、一部の専門職を除き、新卒での希望部署への配属を保証していません。社内公募による異動制度や入社後5年以内に2つの部署を経験できる仕組みによって、本人が本当に活躍できる場所と出会える機会や成長の機会を増やしています。

また、入社3年目研修などを通して、社員が自らのキャリアを描く機会を設けています。数年前からは、全社的な制度として上司と部下の1on1を導入しています。さらに、各局にはMD(マネージング・ディレクター)とは別に、人材育成を専門に行うHRMディレクター(Human Resource Management ディレクター)という役職を設け、社員一人ひとりとより丁寧に向き合う体制を構築しています。

これらの機会を通して、個人の「やりたい」「やるべき」という意思を確かめると同時に、会社側からも「こっちがベストかもしれない」といった可能性を提案しています。人によって、モチベーションの源泉や能力を発揮できる環境は異なります。「適材適所」と言えば当たり前に聞こえてしまいますが、会社が社員一人ひとりのキャリアカウンセラーのような役割を担うことで、社員はより力を発揮できるのではないかと思います。

企業と社員のあいだに必要な「信頼関係」

会社が社員の意思をしっかりと把握し、最適な環境を提案する。このような関係性が成り立つためには、会社と社員の信頼関係が不可欠です。「あなたにはこれが向いていると思う」と伝えられても、会社を信頼していなければ受け入れにくいのではないでしょうか。

では、どうすれば会社を信頼してもらえるのか。会社の規模や安定性もひとつの要素ですが、最も大事なことは、「自分がやっていることをきちんと見てくれている」という認識だと思います。

周囲にアピールはしなくとも、黙々と働き、チームや会社に多大な貢献をしている人がいます。もし、その隣でいわゆる「アピールする」ことばかりに長けている人物が昇格していくようなことがあれば、「やっていられない」となるのは当然です。クライアントや社会、チームや会社に貢献していることが、公正な評価につながると信じられる環境が重要です。

社員が会社を信頼できる環境をつくるのが、正しい人事です。これは、経営層に与えられた最も重要なタスクのひとつです。非常に難しいことではありますが、だからこそ全力で取り組まなければなりません。私自身も一年中、人事について考えており、特にマネジメント層を選定する際には半年以上かけて十数回の議論を重ねています。

企業には、一人ひとりの能力を最大限に引き出す環境づくりが求められます。しかし、それが十分に実現できていない場合もあるのが現実です。

たとえば、昨今「ジョブ型」の組織が流行していますが、一人ひとりの能力を最大限に引き出すという観点で、企業にとって本当に最善の手法なのかは検討が必要です。

また、最近は社員の自主性が尊重されていることから、「どこの部署に行きたいか」と聞く会社は多いと思います。ただし、「そこで何をやりたいのか」「何が得意なのか」を十分に把握できていない場合もあるのではないでしょうか。

極端な話ですが、その人がやりたいことのためにポストをつくるくらいの考え方があってもよいと思います。当社グループのスポーツやエンターテインメント領域やビジネス・トランスフォーメーション領域がそうであったように、当社の新しい事業の多くは、社員が「こういうことをやりたい」「こういう事業をやるべきではないか」と声を上げたところから始まっています。それが社内のリソースだけで実現できない場合には、外部から必要なケイパビリティを補うこともあります。

組織マネジメントでは、「優秀な人材を集めれば、バスは正しい方向へ向かう」という考え方があります。どこへ行くかを決めてから人を乗せるのではなく、まずよい人材を集める。そうすれば自分たちで会社をよい方向へと導いてくれるはずです。

会社は「やりたい」と「できる」で選ぶ

キャリアを選択するうえでの理想は、自分の「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」が、会社の向かう方向と一致している状態です。

たとえば、社員の誰かが「お蕎麦屋さんをやりたい」と強く望み、それが社会にとってもよいことであり、蕎麦をつくるための優れた能力を持っていたとしても、現状、当社でそれをビジネスとして実現させることはできません。そこで我慢して働くよりも、自分でお店を開くほうがお互いに幸せです。

ウェブサイトやSNSなどを見れば多くの情報が公開されており、会社の向かう方向を知ることができます。その会社が実際に生み出している成果を直接見るのもよいでしょう。顧客や社会に何を提供しているのかを知ることで、自分の目指すものに合致するかどうかはある程度わかると思います。

当社への入社を決めた人から、「OB・OG訪問で会った先輩が好きだったから」と聞くことがあります。もちろんそれはとてもうれしいことですし、社員にはそう思ってもらえるよう努めてほしいと伝えています。しかし、それだけを意思決定の根拠としてしまうことには、懸念も感じます。

当社には、約6000人の社員がいます。仮にその中の3人に会っただけで「電通はとてもよい会社だ」と判断するのはリスクが高い。客観的なファクトも合わせて判断するほうが、より確実です。

キャリアを選択する基準を持つためには、自分の「やりたいこと」を明確に自覚できていることが理想ですが、社会に出る段階では、まだはっきりとしていないという方も多くいるでしょう。まずは、漠然としていてもよいのだと思います。私自身も、入社時は「顧客企業の成功へ貢献するビジネスをしたい」といった程度の気持ちでした。

それでも「やりたいこと」が見つからない場合は、「できること」から会社を選ぶという視点を持つのもよいかもしれません。これまでの人生を振り返って、自分が一番得意なこと、社会に最も貢献できそうなことは何かを考えてみる。自分でわからなければ、周囲の人に聞いてみる。誰かから「君はこれが得意だね」と言われたことは、適性がある可能性も高いのではないでしょうか。

「できること」から選んで、「やりたいことを見つけよう」と探していく。当社であれば、幅広い事業領域の中で、あらゆる業種のクライアントと一緒に仕事をしています。自分の人生について真剣に考えていれば、焦らなくてもきっと自分のやりたいことが見つかるはずです。

具体的なアドバイスをするなら、なるべく多くの人と話をすることをお勧めします。学生の頃と比べて、社会に出てからは年齢も仕事も立場も異なるたくさんの人に出会います。これは、どんな職種や業界でも言えることです。自社の中だけではなく、多くの人や企業、仕事に触れる。そこから自分に合った道が見えてくると思います。

「やりたい」で選んでも「できる」で選んでも、問題はありません。信頼できる会社の中で、目の前のことにしっかりと取り組んでいれば、「やるべき」も含め、いずれすべてが重なるはずです。そこから、大きな働きがいが生まれるのです。