100年続いてきた「勝手にSDGs」
星野リゾートでは個性的な宿泊、日帰り施設を通じて、お客様に楽しんでもらえる空間や時間を提供しています。圧倒的な非日常を演出する「星のや」をはじめ、地域の魅力を再発見する上質な温泉旅館「界」、ファミリーに楽しんでもらえるアクティビティを備えたリゾート「リゾナーレ」など、合計で5つのブランドを展開しています。
「モノ消費」から「コト消費」、そして「トキ消費」と言われていますが、観光産業は長くそのスタイルでお客様に最高の時間を提供してきた業界でした。星野リゾートは2022年で創業108年を迎えますが、1世紀以上そういった「旅」を提供してきました。
ここ数年で観光産業は、かつてないほどに注目されています。人口減少・人口流出が著しい地方では、新しい経済の担い手が必要になり、観光産業にもう少し期待してみようという動きが今起きているのではないでしょうか。
こうした時代のなか、私たちは環境経営の推進やフードロスの削減、伝統文化・伝統工芸の継承に向けた取り組みなど、さまざまな活動を行っています。
自然の恩恵なくして事業を行えない私たちにとって、「持続可能な地球環境」は当たり前に守るべきものでした。その思いから、2000年以降は観光客が少ない場所にも魅力をつくる必要性から、地域の食材や土地の文化をテーマにした仕組みを構築してきました。その結果、自然と「星野リゾート」ファンが醸成されたと思っています。
これまでの活動が「SDGs」につながると気づいたのは、ごく最近のことです。私たちは今までの活動をあえて情報発信すべきだと捉えていなかったので、特別な広報活動もしていませんでした。しかし、社会からはもったいないという声が上がり、「勝手にSDGs」と題して情報を発信するようになったのです。
経営に紐づけることがSDGsの条件
星野リゾートが一貫して重視しているのは、活動をお客様との共通価値を想像する「CSV」として位置づけることです。もちろん、SDGsにつながる活動においても収益との両立を強く意識しています。
ボランティア的な社会貢献活動は、不景気になると真っ先にコストカットの対象になり、持続可能とは言えません。特に旅行・観光業界では、新型コロナウイルスの影響で事業存続の危機に陥るケースも多く、利益に結びつかない社会貢献は絵空事でしかありません。だからこそ、SDGsの推進には利益との紐づけが何よりも重要だと考えています。
例えば私たちは、収益を悪化させる環境対策は絶対に行いません。「星のや軽井沢」では地熱を使った暖房を使用していますが、これも収益改善が目的でした。この前身にあたる「星野温泉旅館」は開業当時から水力発電を使用していましたが、夜中の間に無駄になっていた電気を暖房に使う方法がないかと考えたところ、ヒートポンプを使って地熱を汲み上げる地熱暖房を思いつきました。
1915年に設置した、軽井沢にある水力発電所
本格的なエコツーリズムを提供する「ピッキオ」は、軽井沢野鳥の森を舞台に年間を通して運営しています。ピッキオでは、自然の不思議さを解き明かす「エコツアー」と「環境教育」「野生動物の調査および保全活動」を行っています。地域の自然を観光資源に活用する一方で、地域の生態系を守りながらお客様にその魅力を伝えられる、新しい持続可能な観光の形だと思っています。
今後は、ここで構築したノウハウの一部を、ほかのリゾートでも積極的に展開する予定です。2021年に世界自然遺産登録された西表島(いりおもてじま)にある「星野リゾート 西表島ホテル」は、「島の魅力と価値を感じるネイチャーツアー」と「イリオモテヤマネコの保護活動」を軸に、日本初のエコツーリズムリゾートを目指しています。
ほかにも力を入れているのは、脱プラスチック化です。客室のシャンプーや石けんを全施設でボトルタイプからポンプ式に変更し、約49トンのプラスチック廃棄物を削減しました。2019年には、客室に準備する歯ブラシをプラスチック素材としてリサイクルする仕組みを構築し、年間100万本以上の歯ブラシの廃棄物を削減しています。
2021年2月には、沖縄県・竹富島にある滞在型リゾート「星のや竹富島」で、海水の淡水化による飲料水の自給を開始しました。施設に設置された海水淡水化装置は、太陽光発電とヒートポンプが一体化し、電気供給がなくても稼働します。海岸の漂流ゴミやペットボトルの処理問題への貢献だけでなく、災害時の水や電気の自給が可能になり、島のサステナビリティ向上にも貢献しました。
収益の一部を使って社会に貢献するCSRは決して持続可能ではありません。収益追求を原動力とするCSVの発想で、私たちらしく継続的に存在価値を発揮していきます。
その地ならではの「ストーリー」を提供する
星野リゾートには「観光で地域経済を支える」という意識を持って働くスタッフが日本全国から集まっています。
日本中で爆発的なブームを生んだ青森県・奥入瀬(おいらせ)渓流ホテルの「苔さんぽ」も、現地スタッフのアイデアから生まれたものです。ここには清流と苔むした岩が広がる美しい自然環境があります。現地スタッフが毎日散策する中で、実は奥入瀬渓流が世界でも有数の苔資源の多い場所だと知り、「ここでの感動をお客様にも見せたい」という声が出てきました。
そこから「苔さんぽ」と名付け、ルーペを持って奥入瀬渓流沿いを散歩し、苔を観察するアクティビティを生み出したのです。現地スタッフがいかに地域を知り尽くし、そこで生まれた発想をマーケットに自由にぶつけられるか。そのインパクトを作り出すことが、地域を活性化できるかどうかのカギになります。
また、地元とのコラボも重視しています。石川県の温泉旅館「界 加賀」では九谷焼の若手作家の器を積極的に採用しています。陶芸家の方々にも協力いただき、界 加賀の名物料理「活蟹のしめ縄蒸し」にふさわしい大きさ、色、形の器を製作してもらいました。陶芸を学ぶ人がいる場所ならではの、新しい料理のプレゼンテーションのあり方を生み出せました。
一般的にはお客様の声を聞き、ニーズに応えることがマーケティングプロセスですが、観光はマーケティングだけでは成功できません。例えばお客様に「西表島で何をしたいか」「出雲に行って何を食べたいか」と聞いても、具体的に答えられない人がほとんどです。知らない人や景色に出会い、楽しかった、大変な目にあったという体験こそが旅の醍醐味です。
この体験を実現するには、現地スタッフの思いが何より重要です。押しつけでもいいから「ここに来たらこれを食べてもらいたい」「これを体験しないで帰るのはもったいない」くらいに地域の魅力を自分で感じ、自分で伝え、自分でアレンジするのが星野リゾートの強さだと思っています。
「ひと努力・ひと工夫」が持続可能の源泉
日本の地域経済を活性化させる観光は、地方創生に欠かせません。
私はバブル崩壊時に事業承継をした経験から、これまでの観光業が積極的に行ってきた「所有と開発」をしない運営を目指していました。私が引き継いだ当時は、観光施設は供給過剰の状態で、経営の苦しいリゾートや、集客に困っているリゾートもたくさんありました。そこで新たに投資をしてリゾート開発するのではなく、困っているリゾートを稼働させる「再生案件」を請け負って軽井沢の外に目を向けたことが、「星野温泉旅館」から「星野リゾート」への転換点になりました。
軽井沢や箱根は観光の一等地なので、黙っていても集客ができます。しかし、現在ではかつて人気だった北海道のトマムや、青森県の大鰐(おおわに)温泉も観光客が少ない状態です。そういう場所にお客様が来てもらえるよう、私たちは魅力が伝わっていない場所の楽しさ・面白さ・特徴、その場所に住むスタッフの思いなどといったストーリーを伝え、興味を持てるような発信を始めました。スタッフはもちろん、地域の専門職や地域住民の人たちとも連携し、経営はもちろん、地域の持続的発展にも寄与しています。
こうした「ひと努力・ひと工夫」をみんなで考えられる力が、星野リゾートの源泉だと思っています。私は、SDGsをどう利益につながる活動にできるかという最後のひと工夫、ふた工夫が、仕事において実は一番面白いところだったりします。
仕事のやりがいと経済発展は、フラットな組織文化から生まれます。「言いたいことを、言いたいときに、言いたい人に言える組織」と私は呼んでいますが、誰とでも対等な議論ができるフラットな組織文化が私たちのカルチャーです。新型コロナウイルスの影響で旅行業界が採用数を減らすなか、私たちは2022年度、800名の新卒採用を行いました。日本の観光業を担う人たちのパワーが、さらに星野リゾートと日本経済の発展に力を発揮してくれることを期待しています。
株式会社星野リゾート
取材日:2021年10月22日
代表:星野佳路
創業:1914年(星野温泉旅館開業)
事業内容:ホテル・旅館・日帰り施設の運営