
健康経営とは
健康経営とは、経済産業省によると「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」です。つまり、従業員の健康管理を個人の問題ではなく、会社の問題と考える経営手法のことです。
健康経営では、社員の健康維持・増進の取り組みに必要な経費は単なる「コスト」ではなく、将来に向けた「投資」であると考えます。
健康経営が注目される背景
健康経営が注目される背景として大きく4つの理由が挙げられます。・生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
・深刻な人手不足
・長時間労働の常態化
・国民医療費の増加
生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
少子高齢化の影響によって日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに減少しています。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果によると、総人口は2030年には1億1,913万人、2065年には8,808万人(2010年人口の約31.2%減)にまで減少すると見込まれており、生産年齢人口は2030年には6,775万人、2065年には4,529万人(同44.1%減)にまで減少すると見込まれています。
(出典)内閣府「令和4年版高齢社会白書」
厚生労働省は、2030年には65歳以上の労働者が835万人を超えると予想しています。この数字は2000年から約2倍の数字となっており、今後、高齢化した従業員が病気等により継続して働けなくというリスクがあるのです。
深刻な人手不足
少子高齢化もあいまって、長期にわたって深刻な人材不足が叫ばれています。労働力確保のため、従業員の雇用延長等を積極的に図らなくてはいけない状況になっています。
そこで、企業に求められていることが、今行っている業務をより少ない人数で行える環境づくり、生産性の向上です。従業員の健康状態の悪化は企業の生産性を低下させることに繋がります。生産性の低下を防ぐためには従業員の健康保持・増進が非常に重要なキーポイントとなっているのです。
長時間労働の常態化
現在、企業にとって、働き方改革は切ってもきれない関係です。過剰な時間外労働は国から指摘される対象になり、行政処分や訴訟を起こされてしまう原因となります。最近ではWEB上で簡単に会社の評価を記入することができるようになっているので、採用力の低下や離職率の上昇にも繋がってしまいます。
国民医療費の増加
高齢化による国民医療費の増加が企業の社会保険料負担の増加に繋がっています。厚生労働省によると、国民医療費は2040年度に68兆5000億円を超えるとも予想されており、個人だけでなく、各企業が一人ひとりの健康保持・増進に寄与することが求められているのです。
〈参考:我が国社会保障制度の構成と概況〉https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000474989.pdf
こうした背景から、企業は人材を確保し、長く働ける環境の提供が必要不可欠となっています。政府も「日本再興戦略」、「未来投資戦略」の中で国民の健康寿命の延伸を図る国策の一つとして健康経営の普及・促進を掲げています。
健康経営を行うメリット
健康経営を行うメリットとしては、以下のようなものがあります。
・生産性向上・業績向上
・企業価値向上・ブランディング
・従業員のモチベーションアップ・組織の活性化
・人材の確保・定着
生産性向上・業績向上
健康経営を行う一番の大きなメリットとしては「社員の生産性向上」が挙げられます。生産性を考える際に重要になってくるのが、「アブセンティズム」と「プレゼンティズム」という考えです。
アブセンティズムとは
アブセンティズムとは英語の「absent(欠席)」語源になっている言葉で、心身の不良を理由に遅刻や早退、欠勤、休職など、業務が行えないことを指します。アブセンティズムの場合は、業務にかけられる時間が減少しているので、チームや組織全体の生産性・業務効率が落ちてしまいます。
プレゼンティズムとは
プレゼンティズムは、英語の「present(出席)」が語源になっている言葉で、出勤していても、心身の健康上の問題が作用して、パフォーマンスが上がらない状態のことを指します。たとえば、頭痛で仕事に集中できなかったり、メンタルの不調で思うように行動できないなどです。人によって原因は異なり、二日酔いや寝不足などがある状態で働くこともプレゼンティズムに含まれます。アブセンティズムと比較して、目に見えるものではありませんが、プレゼンティズムが起こることによって、作業効率や生産性の低下を引き起こしてしまいます。
このように従業員の健康が低下することは、生産性に直結します。社員の健康を維持・促進することによって、アブセンティズム、プレゼンティズムが解消されます。
一人ひとりの生産性が向上することによって、業績がアップすることも研究によって証明されています。「投資へのリターン:職場における健康プログラムの財務結果に関する兆候の評価」※1 によると、職場の健康プログラムは良い経済への影響をもたらすという結果が出ています。
企業価値の向上・ブランディング
健康経営は企業価値の向上、ブランディングにも効果があります。先にも申し上げたように、国でも健康経営を推進しています。健康経営に積極的に取り組むことによって、後述していますが、様々な制度を利用することも可能です。
さらに近年、株式市場において、中長期的な企業の成長、持続可能性を評価するためのE(環境)、S(社会)、G(統治)というような情報を重視した投資が増え始めています。健康経営を行うことは、社会を構成する重要な要素の一つである従業員への投資で、ESGの「S」に該当するため、投資家からの注目が集まっています。健康経営を行うことは資金面でもプラスの効果があるのです。
企業価値を高めるだけにとどまらず、健康経営はブランディングにも高い効果を発揮します。今や、いいものやサービスを提供するのは当たり前で、消費者はそれ以上のものを求めています。健康経営に取り組むことで「従業員を大切にする企業」というイメージを前面に押し出せます。それにより、顧客の囲い込みやファン獲得といった効果も期待ができるのです。健康経営は国が押し出している制度ではありますが、まだまだ取り組んでいる企業が少ないので、早めに取り組むことによって差別化を図ることもできます。社会的な評価を得ることは、人材採用の際にも大きく役立ちます。
従業員のモチベーションアップ・組織の活性化
長時間労働などで社員のモチベーションが低下すると、集中力も低下してしまい、それによって生産性が下がってしまいます。一般社団法人 人と組織の活性化研究会によると、企業活動における生産性と関連の深いモチベーションやコミットメント、職務・職場への取り組み姿勢が向上するという結果が出ています。社員のモチベーションがアップすることで、会社全体にも活気が生まれ、業績アップに繋がります。
人材の確保・定着
2019年にリクルートが行った「どんな企業に就職したいか」という学生を対象に行ったアンケートによると、給料水準の高さや業績の安定を重視している学生は2割に対して、福利厚生の充実や従業員の健康・働き方の配慮を重視している学生は4割にのぼります。働きやすい職場作りや待遇は非常に重要なのです。
健康経営を行う中で残業時間の削減や有給休暇の計画的付与、食事補助などの施策を講じていくうちに、結果的に働きやすい企業へとなり、それが人材定着へと繋がっていきます。
健康経営で得られる認定や助成金
健康経営優良法人認定制度
地域の健康課題に即した取り組みや日本健康会議が進める健康増進の取り組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している法人を顕彰する制度です。
評価の枠組みは、「経営理念」、「組織体制」、「制度・施策実行」、「評価・改善」、「法令順守・リスクマネジメント」の5種目に分かれていて、認定されると健康経営優良法人のロゴマークを企業のPRに利用することができたり、地域の金融期間の低金利融資や自治体の公共調達における加点、各地域に優遇措置を受けることが可能になります。大規模の企業等を対象とした「大規模法人部門」と中小規模の法人等を対象とした「中小規模法人部門」に分かれており、それぞれの上位法人には「ホワイト500」、「ブライト500」の冠が付与されます。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html
健康経営銘柄
従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を顕彰する認定制度のことで、経済産業省が東京証券取引所と共同で取り組んでいます。健康経営銘柄に選定されるためには、毎年8~10月頃に行われる「健康経営度調査」に参加しなければいけません。選定されることで、企業の健康経営の取り組みが株式市場等において、適切に評価される仕組みづくりに取り組んでいます。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_meigara.html
働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)
時間外労働の上限設定に取り組んでいる中小企業に対して実施の際にかかった費用の一部を助成してくれる制度です。申請窓口は各都道府県の労働局になります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120692.html
業務改善助成金
中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)の引き上げを図るための制度です。生産性向上のための設備投資(機械設備、POSシステム等の導入)などを行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成します。
受動喫煙防止対策助成金
中小企業事業主による受動喫煙防止のための施設(喫煙室など)の整備に対し、一部の費用を補助してくれる制度です。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049868.html
健康経営に取り組む方法
社員の健康を経営課題として捉え、健康経営に取り組むことに決めた場合には、理念や考えを社内外にしっかりと示していくことが重要です。健康経営を経営理念の中に明文化することで、企業として健康経営に取り組む姿勢を従業員や投資家など、様々なステークホルダーにメッセージとして発信する方が良いでしょう。
組織の構成にあたっては、専門部門の設置や人事部など既存の部署に専任職員、兼任職員を置くなどの対応が考えられます。
制度・施策の実行では、従業員の健康保持・増進の取り組みは、事業主としての企業(経営トップや担当部署)、産業医などが協力して行う必要があります。
健康経営を実施する上では自社の従業員の健康の課題を把握する必要があります。健康管理のデータ分析サービスを利用することによって課題把握だけでなく、医療費を下げたり、メンタルヘルス不調者を減らすための施策を作成することができるようになります。
健康経営に失敗する会社
健康経営に失敗してしまう企業の特徴は「社長が無関心」、「具体性がない」、「現実不可能な目標」といったことが挙げられます。
健康経営は担当者一人だけの力では行うことができません。社長を含めトップが主体性を持って健康経営を行っていく必要があるのです。
主体性を持って健康経営を行っても、具体性がなければ社員はどのように取り組めばいいかわかりません。健康経営をやると決めたら、その後の具体策まで決めましょう。
担当者だけが盛り上がってしまい、現実不可能な目標を立ててしまうことも少なくありません。急に社内完全禁煙などといった施策を行うと、社員の不満にも繋がってしまいます。現実的な目標を決め、社員に協力してもらえるように施策を行っていく必要があります。
米国における健康経営
米国の健康経営に関連する動きは1960年代から始まり、医療費の増加を抑制させることを目的に1980年代から拡大しました。1992年には心理学者ロバート・H・ローゼンが著書『The Health Company』において、社員の健康管理を重要な経営課題として捉え、会社が社員個人の健康増進や健康の維持を実践することで生産性などの業績向上を図るという考え方を提唱しました。
近年は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、多くの会社で社員の健康増進施策を最優先課題に位置付けています。特に社員個人を対象にしたデジタルヘルスケアソリューション(モバイルヘルスケアアプリ)の導入に注力しており、社員の日々の健康状態を的確に把握し、体調に応じたアドバイスをリアルタイムに行うなど、先進的な取り組みが始まっています。
まとめ
今や社員の健康は自己責任ではなく、会社全体の問題です。今後、少子高齢化の影響でさらに、労働人口が減少し、生産性の問題が出てくるでしょう。会社を構成する社員一人ひとりがより健康になり、常に高いパフォーマンスで業務ができることによって、会社全体の生産性も向上し、それにより会社の業績アップに繋がります。それだけでなく、国が健康経営を推しているので、認定や助成金ももらうことができます。
健康経営に取り組む方法は様々な方法がありますが、トップダウンで発信していき、会社全体で目標に向かって取り組むことで、しっかりと結果を出すことが可能です。
※1 Julie A Astrella (2017) ”Return on Investment: Evaluating the Evidence Regarding Financial Outcome of Workplace Wellness Programs”JONA The Journal of Nursing Administration. 47(7/8):379-383
参考文献
経済産業省「健康経営」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html
株式会社日本総研先端技術ラボ ほか「デジタルで変容する米国の『THE Healty Company』~日米健康経営の比較から考察するわが国の課題~」
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/12882.pdf

