株式会社ディー・エヌ・エー|アフターコロナの健康経営施策

株式会社ディー・エヌ・エー CMO、CHO
三宅 邦明

1995年に慶應義塾大学医学部を卒業後、厚生省(現:厚生労働省)に入省。医師免許をもつ医系技官として20年以上にわたり勤務。インターネットやAIを活用し、人々が楽しく継続的に健康でいられる仕組みを民間の現場から提供したいという思いから、2019年4月に株式会社ディー・エヌ・エーのChief Medical Officer(CMO)に就任。2020年8月には新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する厚生労働省対策推進本部事務局参与としても活動するなど、多方面から人々の健康に関する取り組みを行っている。2021年4月より株式会社ディー・エヌ・エーのChief Health Officer(CHO)を併任。2022年10月より東京医科歯科大学客員教授を務める。

DeNAにおける「CHO室」の役割

DeNAにCHO(Chief Health Officer)室が設置されたのは、2016年のこと。「健康経営」という言葉が世に浸透しつつある中で、いち早くこれに取り組み、社員のパフォーマンスを健康面から支えることをねらいとして、その役割を果たしてきました。

日本国内の企業は労働安全衛生法において、事業場の規模に応じた産業医を置かなくてはならないことが義務づけられていますが、これはどちらかと言えば体調を崩したり、ケガをしてしまったり、社員の健康に何か起こったあとのケアをする存在として必要とされています。これに対し、CHO室の役割というのは健康で一生懸命働けている社員のパフォーマンスをより向上させ、楽しく効率的に働けるよう取り組んでいくこと。病気やケガを治すのではなく、あらゆる疾病予防であったり、CHO室が社員に働きかけることで以前よりもちょっと元気になれるような、そういったところを目指しているチームになります。

「なんだか今日は調子がいいぞ」

「以前よりもよく眠れるようになった気がする」

「最近仕事が楽しい」

社員がこのように感じるシーンが増えれば、自ずと仕事の効率も上がり、成果が出しやすくなり、企業として持続的に成長していける……。これから社会に出て働く読者の皆さんも、このような好循環が想像できるのではないでしょうか。

CHO室の設置当初からは当社の代表取締役会長である南場智子が、そして2021年からは私がリーダーという立場で積極的に取り組んだ甲斐もあり、おかげさまで2022年度は6度目となる「健康経営優良法人(ホワイト500)」の認定を取得。「健康経営銘柄」には2019年、2020年と2年連続で選定されています。

ひと口に「健康経営」「健康面から社員のパフォーマンスを支える」と言っても、画一的な取り組みを行っていてはなかなか結果が出ないでしょう。営業マンが多い会社、40代以上の社員が多い会社、男女比率に偏りがある会社などなど、会社の数だけ色がある中で、これに寄り添った施策を行っていくべきだと考えています。

たとえば、当社にはエンジニア職の社員が多く在籍していますので、わかりやすいところで言えばモニター画面を長時間見つめて作業することから発生しやすい眼精疲労であったり、イスに座った姿勢が続くことから発生しがちな腰痛といった健康課題がベースとして存在します。これに加え、健康診断の結果や、月1回実施しているアンケートから社員の生活スタイル、健康課題の傾向を読み解き、施策を考案しています。

データから健康課題を読み解く

コロナ禍を経てリモートワーク中心となった企業も多いと思いますが、当社も例に漏れず、約9割の社員がリモート環境で日々の業務を行っています。

リモートワークが中心になったことで働く人々の生活環境は大きく変わり、子供の送り迎えや食事の時間など家族で過ごす時間が取れるようになったなど、多くのメリットがある反面、社内でのコミュニケーションが希薄になったことに由来する帰属意識の低下、対面でできていたチームビルディング、創造的業務の難易度が増したなど、多くの課題も生まれています。

こういった環境の変化によって、社員の健康にどのような影響が出ているかを知る意味でも、データからその傾向を読み解くことが重要です。健康診断やアンケート結果を集計し、これらを俯瞰して見てみると、「おや?」と気が付くことがいくつも出てきます。産業医・保健師・心理カウンセラーによる面談の相談内容と照らし合わせることで、当社においては概ね図表2-1ような傾向がわかりました。

大きな病気やケガをしているわけではない、いわゆる健康的に働いている社員にも、これだけの健康課題があるのです。これはあくまで当社社員の健康課題であり、A社であればA社の、B社であればB社の健康課題が存在すると言っていいでしょう。

健康課題に関する総括的なデータとして、ひとつのアンケート結果をご紹介します。

「心身ともに絶好調の状態をパフォーマンス100%とした場合、直近1か月の状況は?」

という問いに対し、当社社員の平均回答は74%でした。読者のみなさんはいかがでしょうか。これを限りなく100%に近づけていくことが、健康経営の核となる部分ではないかと思います。

それでは、これらの健康課題に対してどのような施策を行ったか、代表的な実例をご紹介していきましょう。

図2-1 相談内容からわかった社員の健康課題

健康にゲーミフィケーションを取り入れる

社員が現在以上の健康を獲得するためには、会社側から施策を押し付けたり、強制するのではなく、社員一人ひとりに能動的に取り組んでもらう必要があります。そのうえで施策に対し、いかに興味を持ってもらうか、楽しみながら健康になってもらうかという点がひとつのハードルになってきますが、当社はゲームを提供している会社ということもあり、関連会社であるDeSCヘルスケア株式会社が提供するヘルスケアエンターテインメントアプリ『kencom(ケンコム)』を導入しました。

「楽しみながら、健康に。」をテーマに据えたこのアプリでは、キャラクター育成ゲーム、ログインポイントなどを通して歩数の増加や体重記録の習慣化を目指すことができます。主にリモートワークで歩数が激減したことに対する、運動不足解消に向けてのアプローチです。

『kencom』内では年に2回、「みんなで歩活」というチームイベントが開催されており、これに参加することで個人の歩数を競うだけでなく、チーム間でのコミュニケーションも活性化させることができました。

さらに、これを発展させる形でエンタメ要素を取り入れ、eスポーツの事業を行う部署と共同で実施したオンライン運動会「Fit Festa Online」が好評。参加者の合計歩数で世界一周(約250万歩)を目指す特別企画には、延べ400人以上の社員が参加し、開催1カ月間で無事達成することができました。これをきっかけに参加社員の歩数が飛躍的に向上したのは言うまでもありません。

日頃スマホでちょっとした休憩時間にオンラインゲームのアプリを開くことが習慣化している人は少なくないかと思いますが、まさにそういった感覚で、社員に楽しみながら取り組んでもらうことができました。実施後の社内アンケートにおいても約80%の回答者から「参加コンテンツとして面白かった」という回答を得ることができ、健康習慣の定着や、リモート環境下でのよい社内コミュニケーションのきっかけとなりました。

昨今、ゲームのデザイン要素や原則をゲーム以外の物事に応用することを指す、「ゲーミフィケーション」という言葉が注目を集めています。

「課題が難しすぎず、簡単すぎない」「課題に取り組む、毎日行うなどで報酬がもらえる」「成果がランキング化される」というような、ゲームで用いられている仕組みにすると、モチベーションが上がり、目標を達成しやすいということで、ビジネスや勉強などに応用する事例が増えてきています。

実施する施策に対して実際に取り組むのは、健康に関心がある社員からない社員までバラバラですから、できるだけ多くの社員に参加してもらうためには工夫が必要です。社員が自ら取り組んで健康になる、その動機づけとしてゲームの要素を取り入れるのには一定の効果があることを、この施策で感じました。

「健康経営」を推進するひとつの方法として、ゲーミフィケーションを上手く取り入れている企業はまだ少ないと思われますが、今後注目すべきテーマと言えるでしょう。

少人数制の施策も多数実施

大人数参加型の施策として『kencom』の導入をご紹介しましたが、これにとどまらず、希望する社員を対象とした少人数制の施策も多数実施しています。

まず、ワークスペースを5分の1に縮小する本社移転に伴い、希望する社員にオフィスチェアを譲渡しました。出社が基本の勤務スタイルであれば、オフィス環境を整える必要がありますが、リモートワークの推進により、オフィスチェアが余ったことを受けて実施したものです。送付時にはデスク環境に合わせたイスの調整方法を記載した案内を同封し、案内に印刷されているQRコードからはイスの調整方法をレクチャーする動画を視聴できるようにしたことで、カラダに負担のかからない業務環境をサポート。

会社で使っている机やイスをよく見ると、体型に合わせて調整可能な箇所がいくつかあるのですが、特に気に留めず、そのままの状態で使っている方は多いと思います。ちゃんとした姿勢を保つための調整を行ってからの使用を促すことで、業務時の負担を軽減することがねらいです。

また、人とのコミュニケーションが希薄になりがちなリモート環境下でリフレッシュできるよう、気軽な雑談の場として専属の臨床心理士が常駐するZoomミーティング「ホッとカフェ」を定期開催。臨床心理士と日常からふれあう機会をつくることで、いざというときに専門家に相談しやすくすることや、所属チーム以外の同僚との緩やかな交流を促進することで、心理的な安心感やエンゲージメント向上につなげることが狙いです。

そのほか、快適なメンタル状態を保つための知識やスキルを身につけるためのオンライン講座「自分メンテナンスプロジェクト」や、これもオンラインで行う「肩こり腰痛カウンセリング」などを実施。健康に関心の高い社員にとって、有益な場を提供しています。

健康への意識を高めるPR施策としては、社内にデザイナーが多く在籍している会社の強みを活かし、キャッチーな健康推進ポスターやオンライン会議で使える背景を制作。

オンラインで同僚や取引先との打ち合わせが続くと、少々気が滅入ってしまったり、対面の打ち合わせでないために相手となかなか打ち解けられないといったシーンがありますが、こういった状況を緩和する、アイスブレイクになるような楽しく気づきを与えるクリエイティブを制作することで、健康の話題でなごみながら、楽しく会議ができたりするのではないでしょうか。仕事をしながら健康を意識できるような環境づくりにも力を入れているところです。

ここでご紹介したのは、いずれもリモートワーク下での健康経営施策です。

コロナ前は出社する社員が多かったため、オフィスにパワーナップ(積極的仮眠)がとれる多目的ブースを設置したり、ジムのようなマットレスと全身鏡を配置したストレッチエリアを設けるといった試みも実施していましたが、リモート環境への移行により、オフィスを健康経営施策の場として活用することが難しくなりました。

端的に言えば、食生活改善のアプローチをするために、オフィスで栄養バランスに気を遣った美味しい食事を社員に食べてもらう、というような直接的な施策ができない状況であり、今後もそれは変わりません。

目に見えるわかりやすい施策を行うことが難しい状況の中で、いかに楽しみながら取り組んでもらえる施策を考えていくかが、リモート環境下におけるひとつの課題と言えるでしょう。

当社はゲームの開発や配信だけでなく、野球、サッカー、バスケットボールなど幅広い領域でスポーツ事業を行っている珍しい企業です。CMO(Chief Medical Officer)を兼務している私としては、人々の孤独がテーマとなるこれからの時代に、当社の特性を活かす形でそれぞれの領域のノウハウやデータを利用し、連帯感の醸成や、コミュニティづくり、行動変容に影響を与えられる取り組みを形にしていきたいと考えています。

多様性を重視する社会の中で

DeNAが創業以来掲げている言葉として「永久ベンチャー」があります。これには、新しい価値を創造して世の中に提供し続ける組織でありたい、企業規模が大きくなってもチャレンジングな姿勢を持ち続けたいという想いが込められているのですが、この実現にあたっては、会社の雰囲気、働く社員、そして社員の家族までが、元気で、笑顔でいられるような状況づくりが必要です。健康経営の実現なくして、永久ベンチャーの実現なし、といったところでしょうか。

しかしながら、組織の規模が大きくなり、そして昨今さかんに社会で言われていることでもありますが、人々のもつ多様性を許容し、また重視していくほど、健康面においてバランスが悪い社員も出てきます。

あえてバランスが悪いと表現しましたが、健康的と言えないからといって能力的に劣っているというわけではなく、実務能力はピカイチでしっかり成果を出している、というような社員もいるのです。

「授業中によくうつ伏せになっているけど成績はトップレベル」

「昼夜逆転生活だが、クリエイティブの才能がある」

「授業もアルバイトもそつなくこなして、プライベートも充実しているようだけど、いつ眠っているのかわからない」

これが例として適切かはわかりませんが、言わば何かに特化したタイプの友人を、これまでの学生生活の中で見たことがあるのではないでしょうか。

先に健康診断のデータやアンケートの結果から健康課題を読み解くというお話をしましたが、平均を取って、これに基づく押し並べた施策をすればよいというわけではありません。全体から見ればごく少数かもしれませんが、一部の社員の困りごとにも目を向けて、解決に向けた施策を実施していく必要があると考えています。

睡眠に難がある社員にパワーナップをすすめることで改善が見られるかもしれませんし、自覚的でないメンタルの不調が、オンラインのセルフメンテナンス講座で改善されるかもしれません。

そういった意味で、女性特有のカラダの不調であるPMS(月経前症候群)をケアするといった取り組みも、健康経営施策のひとつとして現在検討しているところです。

辛くない人はほとんどストレスにならない、しかし症状が重い人は外出するのも困難、というほど個人差があるPMSですが、症状が重くとも、現在は薬を服用することで上手にコントロールすることが可能になってきています。

数年前の話ですが、なんとなく控えめな人柄だと思っていた同僚の看護師が、薬を服用することで快活な印象になり、仕事のパフォーマンスも上がったということがありました。

PMSの治療においては、薬を長期に服用することによる副作用に対するぼんやりとした不安や、一過性でない学生時代からの症状ということから治療できるものだという認識が薄い部分もあり、受診の心理的なハードルが高いと言われています。

現代では1、2度外来診療を受けた以後、問題がなければオンライン診療を定期的に受ける形で薬の処方が可能ですので、正しい知識と手軽さを伝えることで心理的なハードルを下げ、初診等への金銭的な補助や軌道に乗るまで一定期間伴走してあげるような仕組みづくりができれば、少なくない女性社員がPMS由来の辛さから解放されるのではないかと考えています。

多くの社員を対象とする施策と並行しながら、細やかな施策を実施することが、より健康的に働ける社員を生み出すことにつながるはずです。

社員の健康は会社の成長に資する

この本を読んでいらっしゃる方は、企業の健康経営に関する取り組みを、就職活動のポイントのひとつとして見据えている方だと思います。

これから働こうという学生が企業に求めるものは人それぞれ異なると思いますが、そんな中で「健康的に働きたい」「社員が健康に働ける会社は業績もいいみたいだぞ」という意識を持たれていること自体が素晴らしいことだと思います。

当社の社員は平均年齢が若いことから、回復力が高かったり、活力にあふれていることもあり、健康に対する意識は、残念ながら低い傾向にあります。しかしながら、現役世代と言われる年齢の幅が年々広がっている中で、早くから健康に意識を向けられていることは、長きにわたって心身ともに豊かな生活を送ることにつながるでしょう。

さて、さまざまな取り組みをしている会社がある中、会社を選択する場面においてどこに着眼すればいいかということを私なりにおすすめすると、「社員の健康は会社の成長に資する」という考えが会社自体に根付いているか、という部分です。

先にお話したように、当社では創業以来「永久ベンチャー」を掲げており、早くから社員が健康で創作的であることをよしとする社風が醸成されてきました。

どの会社も対外的なメッセージを発信されていると思いますので、その中から社員の健康に関連するもの、そして取り組んだ実績を抽出してみてください。

「健康経営」が流行っているから、会社として何かやろうというような気風が読者の目線から見えたり、社員の健康に関する取り組みに予算が割かれていない、パッケージ型の福利厚生サービスぐらいしか主だった取り組みがない、といった企業に細やかな施策を求めても、納得感のある環境は手に入らないでしょう。

日本の企業を取り巻く現在の潮流は、行き過ぎた株主至上主義を見直し、従業員や地域社会のメリットをより重視しようという方向性になってきています。「健康経営」はそのひとつの象徴とも言える動きではないでしょうか。

経済産業省の認定制度である「健康経営優良法人」をひとつの目安として、ぜひあなたならではの目線で興味を持った企業の「健康経営」に関し、リサーチしてみてください。

実際に社員の方と話す機会があれば、直接聞いてみるのもよいかと思います。また、その方がプライドをもって楽しく働けているかどうかをやりとりの中で感じ、自らの指標とすることもできるでしょう。

ぜひフラットな目線で、みなさんの近未来と会社が描いているビジョンが合致するかどうかを照らし合わせてみてください。企業の成長だけがゴールではなく、従業員の満足も同等に企業が目指すべきところであり、この2つをつなぐキーワードが「健康経営」です。ですから、健康経営施策とは、社員と会社の双方にとって中長期的にポジティブな影響を与えるものでなくてはならないでしょう。

長いキャリアの入り口に立っているみなさんが、納得のいく形で就職活動を終えられることを期待しています。

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