2025.06.06

【金間大介】成長を「志す人」と 成長が「怖い人」に贈る2つのエール

プロフィール
金間大介
金沢大学融合研究域融合科学系教授、
一般社団法人WE AT副代表理事、日本知財学会理事

北海道札幌市生まれ。横浜国立大学大学院工学研究科物理情報工学専攻(博士(工学))、バージニア工科大学大学院、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、文部科学省科学技術・学術政策研究所、東京農業大学国際食料情報学部准教授、金沢大学人間社会研究域経済学経営学系准教授、2021年より現職。博士号取得までは応用物理学研究室に所属し、表面物性の研究に従事。博士後期課程中にバージニア工科大学大学院へ渡米し、新規開講科目だったイノベーション・マネジメントの分野に魅了され、それ以来イノベーション論、マーケティング論、モチベーション論等の研究を進める。またイノベーション人材育成の研究も遂行しており、教育や人材育成の業界との連携も多数。主な著書に『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)、『静かに退職する若者たち』(PHP研究所)、『ライバルはいるか?』(ダイヤモンド社)など。


成長を「志す人」と
成長が「怖い人」に贈る
2つのエール

「成長」という言葉の捉え方で、キャリアの可能性は大きく変わります。
ここでは、イノベーション人材の研究者で、若者論にも詳しい金沢大学の金間大介教授が「成長を志す人」と「成長が怖い人」にエールを送ります。自己実現を求める若者と安定を重視する若者の「成長」の違いを紐解き、成長環境企業とのマッチングの鍵を解説。
自分らしい挑戦を始めるためのヒントをぜひ、見つけてみてください。


「成長」という言葉の解像度

3つの層、異なる「気質」

「成長」という言葉の意味が変わる。そういうことが、そうやすやすと起こるものかというと、しっくりきません。近年、「成長を志向する若者が増えてきている」という類いの声をよく耳にします。*1 また、「市場価値を高めたい、できる仕事の幅を広げたいという意識が高い」といったデータもあるようです。*2 多くの若者論が書店やSNSを賑わせている昨今、何かが変わりはじめているかのようにも思えますが、いったい何が起きているのか。

まずは概観から、構造的に見ていきましょう。僕は、20代の若者たちには大きく分けて、3つの層がいると思っています。「自己実現タイプ」、「安定志向タイプ」、そしてその間にいる「中間層」です。この3つの層に存在する若者たちは、それぞれに異なる「気質」を持っています。そのため、三者三様で世界の見方が異なっているのです。

ここを今日の前提としてみます。その上で、事態をわかりづらくさせている大きな要因があります。それは、三者がともに「成長」という言葉を、別の意味で使っている、ということなのです。

どういうことか。ここでは三者の中でも特にわかりやすい「自己実現タイプ」と「安定志向タイプ」の若者たちについて、詳しく見ていきましょう。

「自己実現タイプ」の若者が進む道は2つある

若い人たちのキャリア意識や、働くことそのものに関する研究をしていると、「意識の二極化が進んでいる」という話をよく耳にします。これを僕の研究に照らし合わせて整理してみると、全体の1~2割程度のマイノリティである「自己実現タイプ」と、全体の5割程度のマジョリティとなる「安定志向タイプ」に分類できます。

全体の12割を占める自己実現タイプの若者は、働く場所としてスタートアップ企業を見ていることが多いように思います。これはまさに、スタートアップの経営者が自己実現タイプなので、先輩として見ているからなんです。

大学1、2年の頃からスタートアップ企業でインターンシップを始めて給料をもらったり、さらには正社員になったりもします。そうしてバリバリ活動している若者が、どの大学の中にも1~2割ぐらいいるというイメージは、多くの人が想像できることなんじゃないかなと思います。かつてはスタートアップ企業に代わって、学生団体のリーダーや、NPOを立ち上げて社会貢献にコミットしていた若者たちがいましたが、それと同じ層ですね。

この自己実現タイプの若者が進む道は、もう一つあります。それが既存企業の、いわゆる「成長環境」を実現している企業です。そうした若者が「既存企業の中にも面白い会社がある」という発見を経て、興味を抱き、かかわっていくという流れです。

自己実現タイプの成長の定義を知る

「成長環境企業」は、こうした自己実現タイプの若者に向かって、「うちは成長できる機会をたくさん用意しています」、「どんどん自分を出してください」、「失敗を恐れず、チャレンジしたい人を歓迎します」、「そうやって自分を高めていった先輩たちがたくさんいます」というメッセージを発信しています。そのメッセージを受け取った学生たちが「ここなら成長できる」と思って集まってきて、Win-Winの関係が生まれる。これはとてもわかりやすい構図ですし、両社が同じ目線で「成長」を志向して、うまくいっている関係にあるのだと思います。ただ、この関係が成立するのは、全体から見れば少数です。

もう少し詳しく見ていきましょう。彼ら彼女らが持っている価値観には、次のようなものがあります。それは、「リスクを取って、チャレンジして、自分で経験することによって、新たなものを得て、それを次に生かしていくこと。これこそが成長だ」という考え方です。

自分の力を試し、失敗し、成果を得た先に、スキルや経験が身につき、自分なりの社会人像が磨かれて、その理想に沿って成長し、30代、40代と過ごしていき、一人前になっていく在り方です。

そして、ここがポイントになるのですが、そんな自己実現タイプが描く「成長」のイメージは、特に現在の40代以上の人が描く「成長」のイメージと、ほぼ合致していることがわかっています。もし、そんな40代以上の人が「昨今の若者における成長志向の増加」といったデータを見たら、どう思うか? 結果は自明で、「そうか、今の若者は失敗を恐れず、リスクを取ってでも頑張る人が増えてきたのか」と考えるでしょう。

でも、皆さん、わかってきましたよね。それは誤解であり、ここに世代間のミスマッチが生まれます。

安定志向タイプの成長の定義を知る

ということで、次は「安定志向タイプ」について見ていきましょう。安定志向タイプは全体の50%ほどを占めますから、マジョリティです。

若者たちの全体を俯瞰して見ると、就職みらい研究所のデータでは、「どこに行っても通用するスキルを身につけたい」といった意見が増えているようです。*3 実際、今の20代くらいの若者たちは確かにみんな「成長したい」と言っていて、「汎用的な能力がほしい」とか「どこでも活躍できる人材になりたい」と言います。僕はこれを、よい悪いの話ではなく、「平均値でいたい」ということなのだと解釈しています。

先ほど話した自己実現タイプの成長は、要するに「抜け出たい」なんです。一方、安定志向タイプの成長は「みんなと同じでいること」です。もっとわかりやすく言うと、「みんなと同じ成長をしたい」ということです。だからどこに行っても大丈夫な自分でありたい、そういう気質です。

どこに行っても大丈夫なぐらいに会社が成長させてくれるかどうか。それだけの研修機会があるかどうか。上司が新人の成長のために動いてくれるかどうか。そういう問いが立っている。ここに、背中を見て覚えるといったような話は、まず出てきません。

むろん、こうした気質自体は否定されるものではありません。そういう傾向、そういう特性を持っているに過ぎないということは、はっきりとお伝えしておきます。


成長とミスマッチの関係

企業も若者も、誰もが「成長」を発信する

次は「成長とミスマッチ」についてです。自己実現タイプと安定志向タイプに起こる成長とは、どのようなものか。そして、ミスマッチとはどのようなものか。

先に述べた通り、今の若者の多くは「成長したい」という意思を表明します。誰もが「成長」というキーワードを使います。でも、読者のみなさんはもうおわかりの通り、その言葉を使っている際の意味合いが、自己実現タイプと安定志向タイプではまったく異なるものになっている、ということが起きています。一言で言えば、急成長か、それともゆるやかな成長か。この志向の差異を、一目で判断することはとても難しい。データ上はもちろんのこと、ひとりの若者を目前にしたときですら、その若者が発する「成長」の意図を理解することは困難を極めます。

そして、この状況をさらに複雑にするかのように、多くの会社が求人媒体上で「成長」に焦点をあてたメッセージを発信している。多くの若者が「成長を志向している」というデータを見ているのですから、当然です。これらが状況をわかりにくくさせている重要なポイントでもあります。

成長環境企業は
明確なメッセージでミスマッチを防ぐ

こうした状況の中で、「成長環境企業」が発信しているメッセージは、たとえば「自らの裁量で挑戦できます」、「成果はみなさんのものです」、「最初の3年で年収2000万円が達成可能です」といったようなメッセージです。自己実現タイプなら、そのメッセージを発している企業と出会い、響けば、インターンシップに行ってみようという気持ちが芽生えます。こうしたわかりやすいメッセージを成長環境企業が明確に発している。これは要するに「出世したくない、安定が一番の人は合いませんよ」というメッセージと同義ですから、ここでミスマッチを防ぐことができます。成長環境企業は、そうした立場を明確にした上で、マイノリティの自己実現タイプに焦点を当て、実際にマッチングすることで企業も若者も成長を手にすることができています。きっと本書の15社の中にも、そういった成長をしている企業があると思います。

自己実現タイプのミスマッチ
事前に見抜いてミスマッチを防げるか

ただし、それは理屈の上での話であって、実際にはお互いの本意がわかりにくいものですから、ミスマッチは高い頻度で起きます。もっとも代表的なミスマッチは、成長環境企業ほどの急成長できる環境を提供することが難しい企業——ここではそれを「安定企業」と呼ぶことにしましょう——に自己実現タイプが入社した場合です。

仮に、自己実現タイプが安定企業に対して、「この会社いいな、急角度の成長を実現できる会社だな」と思って入社したとします。理由は、先述の通り、いまは多くの企業が「成長」をキーワードに掲げた採用活動を展開しているためです。しかし、いざ入ってみたら、一律横並びで扱われる状況に納得がいかない、あるいは、入社する前から「こういうことをやりたい」と伝えて話してきたはずなのに、あの件はどうなったのかな、うやむやになってるのかな、という類いのフラストレーションが蓄積されていきます。

「でも、社内公募型のチャレンジ制度があるし、それまで待つか」と踏みとどまって、いざ社内公募の制度が始まって出してみたら、「いや、1年目のきみはまだちょっと早いかな」といった感じでやんわり断られる。こうした事象が連続する中で、自己実現タイプはリスクを取らない前例主義的な企業に対して疑問を持ち始めます。

実際、こうしたミスマッチは結構起きていて、離職につながるケースも多いです。いま現在、彼、彼女らが次に選ぶ企業はおおむね決まっていて、それが冒頭でも述べたスタートアップ企業や、あるいは外資系のコンサルティング企業などです。

ここで辞められてしまった当該企業は「彼/彼女はエース候補だと思ったのに」といったような大きな喪失感を抱きます。以上が一番わかりやすく、代表的なミスマッチじゃないでしょうか。

事前に見抜いてミスマッチを防げるか

こうした事態を未然に防ぐ方法は、残念ながら多くはありません。本来は、インターンシップこそがミスマッチを防ぐ最良のシステムですが、ブランディングに主眼を置いた名ばかりの「職業体験」が多く流布するいま、その効果はあまり期待できません。

むしろ注意してほしいのは、若者の離職後も含めた姿勢の一貫性です。自己実現タイプの若者は、最初から転職したり独立したりすることを視野に入れている人も少なくありません。本来的に、引き留めることは難しい存在でもあるわけです。そのような若者が会社を出ていくときは、ぜひ「君から多くのことを学ばせてもらった。別々の立場にはなるけど、これから一緒に未来を切り拓いていこう」と言って、気持ちよく送り出してください。もしかしたら、いつか素敵なことが起こるかもしれません。


2つのエール

成長環境企業を「志す」みなさんへ

本書が定義するような成長環境企業で働きたいと思っているみなさんにとって、本書はひとつの大きな指針になると思います。

それは、単にいままで知らなかった会社の存在を知ることができる、というデータベース的な役割にとどまらず、そういう成長の考え方があるのか、といった発見や思考のアップデートにもつながると思うからです。

そして、本書で紹介された企業以外にも、日本にはまだまだ夢や希望をもって成長を志す企業がたくさんあります。本書で得られた知見を活かして、ぜひそういった企業を発見してください。きっと楽しい旅になると思います。

もし万が一、ここだと確信して入社したにもかかわらず、思ったほどの成長が望めないと感じた場合は、潔くそのことを会社に伝えて、新天地を目指しましょう。

そのとき、もし仮に、その企業があなたの新たな門出を祝うことなく、妨害するような行為をしてきたら、まさにそこは、その程度の会社であり、辞めるにふさわしい会社だったと判断し、すっきりとした気持ちで次のステージへ進みましょう。

あるいは、もし仮に、その企業があなたの新たな挑戦を快く受け入れ、応援してくれたら、あなたがつかんだすばらしい縁に感謝し、いつか必ずその会社に恩返しすると、心に誓ってください。その誓いの実現が、またあなたを一回り大きくしてくれます。そして、その瞬間にきっと、言葉にできないほどの充実感を与えてくれると思います。

成長環境企業が「怖い」と思うみなさんへ

本書が定義するような成長環境企業のことは理解できつつも、そこで働くことが少し怖い、と感じている人は多いかもしれません。その気持ち、とてもよくわかります。

頑張っている人たちの中へ飛び込むのは、とても勇気がいることです。優秀な先輩は、自分をどんどん置き去りにしてしまうかもしれない。できる後輩が入ってきて、自分を追い抜いていくかもしれない。繰り返しますが、その気持ち、とてもよくわかります。

でも、その恐怖の源泉のほとんどは、他者との比較から生まれています。まずは、そのことを理解しましょう。本当の意味で成長を志す人の多くは、自分と他者を比べていません。まずは、その点を見習ってみてください。

あえて比べるなら、自分自身。過去の自分です。先週の自分、昨日の自分より、今日の自分のほうが少しだけできることが多くなっている。そう実感することを意識してください。これを繰り返せるようになったら、実はあなたは無敵です。毎週、自己ベスト更新ですから。

そして、もうひとつ。次に目の前にチャンスが来たら、迷わず飛び込んでください。あなたの目の前にチャンスが来るかどうかは、偶然に過ぎません。いつ、どんなチャンスが来るかは、あなたにはコントロールできません。でも、その偶然の機会を生かすかどうかは、あなたの選択であり、自分次第です。

マンガ『ちはやふる』をご存じでしょうか。*4 その中で、次のようなセリフが出てきます。

『たいていのチャンスのドアにはノブが無い。自分からは開けられない。だれかが開けてくれたときに、迷わず飛び込んでいけるかどうか。』

チャンスのドアが開くのは10秒間だけです。すぐにまた、閉じてしまう。ドアが開く10秒間がいつ来てもいいように、いまこの瞬間から、「次は飛び込もう」と決めること。

もう一度だけ繰り返します。その行為は怖いと思います。でも、もし成長したいと思うなら、どこかで勇気を振り絞る必要があります。そして、「勇気を振り絞る」と決めたことを、ぜひ誰かに伝えてください。きっと支えてくれると思います。もし、伝える相手が思いつかないなら、僕に教えてください。


〈 出典一覧 〉
*1 株式会社パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査『20代社員の就業意識変化に着目した分析』」
*2 エン・ジャパン株式会社「20代・30代のビジネスパーソン1200人に聞いた『仕事を通じた成長実感』意識調査」)
*3 リクルート就職みらい研究所「働きたい組織の特徴」時系列データ編20142025年卒
*4 ちはやふる/講談社/コミックス23巻より