企業の存在意義(パーパス)や社会的価値への貢献を重視した経営(パーパス経営)をおこなっている企業を紹介する特別企画

埼玉県入間市|企業、住民と手を携え、「未来の原風景」を創造する ~県内で先駆けてパーパスを策定した入間市のチャレンジ~

埼玉県入間市は人口14万5295人(2023年6月1日現在)、池袋駅から西武池袋線で約35分と都心からのアクセスもよく、ベッドタウンとして人気が高い。その一方で、アウトレットモールなど話題性の高い大規模商業施設や、「旧石川組製糸西洋館」をはじめとする文化財を有し、年間約730万人の観光客が訪れる観光都市としての側面も持つ。また、懐かしい里山の風景を残し、狭山丘陵と加治丘陵の合間に広がる約400haもの茶畑も壮観だ。

2020年、入間市の市長に杉島理一郎氏が就任した。40歳、4人の子どもの父親であり、「来てよし、住んでよし、働いてよし」の「三方よし」のまちづくりをモットーに精力的に市政を展開。今年5月には、県内の自治体で初めてパーパスを策定し、その先進性が話題となっている。

今回は杉島市長に、パーパス策定のきっかけや官民連携で展開する事業内容、今後のまちづくりへの思いを語っていただいた。

人口の減少がパーパス策定のきっかけに

「このままだと入間市は財政破綻する」――市長になった当時の私は大きな危機感を持っていました。当市は2011年に15万1004人と人口的なピークを迎えましたが、そこから年々減少を続け、現在は14万5295人となっています。今後も、2040年には11万8491人、60年には8万8711人と、減少の一途をたどる見通しです。当市はベッドタウンとして栄えてきた経緯があるため、人口減少はそのまま税収減につながることになります。そして、入間市はこれまで、今入間市に住む人々への手当を充実させる政策をとっており、未来への投資に注力できていなかった。その結果、自治体として伸びしろがない状態に陥ってしまっていたのです。

この状況を打開するためには、まず、入間市役所で働く職員だけでなく、市民、入間市で働く人、企業、すべての関係者が同じ方向を目指し、ともに入間市の豊かな未来をつくるための「旗印」が必要と考えました。そこで定めたのが、「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する。」というパーパス。パーパスの策定は、埼玉県の自治体で初めての試みであり、全国的にもほとんど例がありません。

さらに、パーパスを実現させるための行動として、5つのシンボリックアクションを明示。①心身の豊かさを支える「ウェルビーイングアクション」、②より快適な移動を支える「モビリティアクション」、③文化を守り創造する「カルチャーアクション」、④人とのつながりを力に変える「オープンアクション」、⑤持続可能な入間市のための「サステナブルアクション」です。

これらを具現化する取り組みの一つとして、官民連携のプロジェクトが挙げられます。というのも、これからは縦断的な組織の壁を乗り越えてプロジェクトを組み、広くネットワークを築く必要があると考えているからです。そこで手はじめに、入間市役所の各課が役割分担して進めていた取り組みをつなげ、横断的に実施していく部署として、1年前に8名の職員からなる「未来共創推進室」を設置しました。

メンバーは職員の中から募りました。当市では何らかのプロジェクトを立ち上げるにあたり、メンバーを公募した前例がなかったため、反対の声もありました。しかし募ってみたら10名以上の応募があり、そこから3名を選考し、残りの5名は私が声をかけて選びました。メンバー全員が30〜40代、民間企業を経験した後、中途採用で入庁した職員が多いという点も特徴です。また、未来共創推進室長をリーダーとしているものの、縦割りの組織にならないようメンバー全員が直接私とつながるようにし、風通しのよい体制を心がけています。

■公用車EV化、フレイル防止活動などに取り組む

この「未来共創推進室」が旗振り役となって進めている官民連携プロジェクトの代表例として、公用車にEV(電気自動車)を採用したことと、EVのカーシェアリングが挙げられます。

現在、10台のEVを公用車として導入していますが、そのうちの2台は平日の19時から翌朝7時までと土日祝日に市民や観光客がシェアできるようになっています。

後者のカーシェアリングは、市内のガス事業者との協働事業で、民間のカーシェアリングサービスを活用。アプリで予約から決済まで行えるので使い勝手がいいですし、15分220円という手軽さもあり、多くの市民にEVを体感していただく機会になると思っています。

ほかにも、高齢者の「フレイル防止」を目的としたASOVO(Automobile Society with Veteran’s Organization)という取り組みも行っています。フレイルとは、高齢者の外出機会が減ることで運動不足になり、心身の働きが弱まった状態のこと。これを防ぐため、埼玉医科大学や自動車部品メーカー、保険会社などとコラボレーションし、デマンドタクシー(乗り合いタクシー)の実証実験を開始しました。

利便性を高めることで、高齢者の外出を促進するためのモチベーションと機会を創出するほか、地元のスーパーとも提携し、歩行を補助するリハビリカートを設置して健康増進効果を定量的に測ることが目的です。これは全国初の取り組みであり、高齢者からは通院や買い物に出かけやすくなったという声が寄せられています。

このASOVOは国から補助金もいただくことができ、現在は13の大学や企業が集まるチームに成長しています。課題があり、それを解決しようという熱い思いを持つ企業と地元の人たちとともに進めている取り組みの好例ですね。

さらに入間市は、狭山茶が特産物です。全国手もみ茶品評会では18年間連続、合計23回、「産地賞」を受賞しています。そこで、当市では2022年10月、「おいしい狭山茶大好き条例」を制定し、みんなで狭山茶を残していく取り組みを行っています。例えば、2023年から茶畑の風景を眺めながらお茶が飲める茶畑テラス「茶の輪」を運営したり、飲料メーカーや製茶メーカーとコラボレーションして商品を開発したりしています。

■自治体のボーダーを超え、みんなで繁栄を

パーパス策定から3ヵ月、さまざまな取り組みを通して入間市の地域資源の豊富さに改めて気づくことができました。発展を遂げながらも豊かな自然を残す、いわゆる「トカイナカ」としての魅力は非常に大きい。また、典型的なベッドタウンだからこそ、社会課題の解決に向けた普遍的な価値を見いだせる場所でもあるので、当市がパーパスを策定して成功させた取り組みは、ほかの自治体でも展開が可能でしょう。

一方で、私たちだけで地域資源を生かすには限界があるとも痛感しました。やはり、入間市外からの視点やアイデアは重要だと思っています。

私はずっと「人はなぜ集うのか」ということを研究してきたのですが、たどり着いた答えが「人は1人では生きていけないから」というものでした。自治体にも同じことが言えて、閉じた自治体では成長の伸びしろは知れています。第一に市内での連携を強めながら、市外に向かっても手を伸ばし、つながることができれば、県全体、そして国全体で繁栄していくことができるのではないでしょうか。それぞれの地域資源が重なり合い、みんながウェルビーイングになっていくのが理想だと思っています。ほかの地域の方、特に民間企業の方とはたくさんつながって、これからも可能性を広げていきたいと思っています。

■Pick up

入間市を彩る企業インタビュー狭山茶製造販売
的場園4代目 的場龍太郎さん
入間市をともに盛り上げる企業を代表し、1945年の創業以来、名産「狭山茶」の製造販売を手がける的場園の4代目・的場龍太郎さんにインタビューしました。

入間市が誇る狭山茶と日本茶文化を後世へ伝えたい

私がつくる狭山茶は、入間市の特産物の一つです。そして私は、お茶を「淹れる、淹れられる」というコミュニケーションが、地域ひいては入間市の豊かさにつながっていくと考えています。

日本茶の伝統や歴史は非常に古いものですが、その固定観念にとらわれず、新たな視点とつながりで、その文化を次世代に残していくことが私の役割です。

例えばそのための取り組みの中の一つに、「昆布茶プロジェクト」というプロジェクトがあります。昆布茶と聞けば、日本のスーパーなどでよく見かける乾燥昆布を粉末にしたものや、外国で飲まれる発酵茶(コンブチャ)を思い浮かべると思いますが、私たちが取り組んでいるのは、国内産の昆布を肥料に使った昆布茶の開発です。

昆布は収穫されたうちの一部が処分されてしまうのですが、それを当園で肥料として使い、土壌に還元してお茶をつくることにチャレンジしています。新しい価値を生み出すとき、それは私だけではできません。たくさんの方と共創しながら、狭山茶の新たな価値を広く発信していきたいと考えています。

当園のビジョンは「日本茶という素晴らしい文化を次世代に継承する」を掲げています。私たちの狭山茶に関わる生産者や販売者、そしてファンの方々は、人とのつながりを大切にする、とても優しい心の持ち主が多いと感じています。お茶はそうした人の心の豊かさを育んでくれる、そうした人の心に作用する、コミュニケーションツールの一面もあると思っています。

今後、日本茶の文化を次世代へ伝えていくためには、伝統への感謝をもちつつ、これまでの固定観念にとらわれないチャレンジをしていくことが必要です。

そんな私たち市民のチャレンジを後押ししてくれるのが、入間市です。なにか地域のためにやってみたい、挑戦してみたい、というその想いにいろんな人が共感し、未来をつくっていける地域だと思います。

私は入間市の、「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する。」というそのパーパスに共感し、入間市が企画した市民向けの狭山茶体験ツアーの受け入れや、講師をしています。また、これからは入間市を通じて地域のコミュニティに狭山茶を提供するなど、私自身もその場に赴いていきたいと考えています。

狭山茶を通して、国内外の日本茶の文化や、その可能性を広げるために、私はこれからも新しいアイデアと共に狭山茶を作り続けます。そして多くの人や国に、狭山茶の文化や美味しさを知っていただき、次世代に豊かさの連鎖をつなげていきたいです。

さらに、今後は入間市に住む人はもちろん、市を訪れるすべての方々が、たくさんの地域や入間市と共創しながらチャレンジを重ねていきたいと考えています。狭山茶の周りに笑顔があふれる入間市と日本茶、そして狭山茶の未来を、次世代に残していきたいと思います。

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