
スカパーJSAT 執行役員
宇宙事業部門 経営戦略本部長
茂成 奈央さん
2001年、JSAT株式会社(現スカパーJSAT)入社。海外トレーニー、衛星通信サービスの事業開発、海外パートナーとの共同衛星調達、国内外での営業など幅広い経験を積む。2022年1月より宇宙事業部門モバイル事業部長、2023年4月より経営企画部長に就任。2026年4月より現職、米国・ JSAT International Inc. Chairman & CEOおよびJSAT Beyond Innovation LLC President & CEOを兼任する。プライベートでは一男一女の母。
衛星放送「スカパー!」で知られるスカパーJSAT。実は約40年前から宇宙事業を手がけてきた、宇宙ビジネスのパイオニア企業です。近年、宇宙ビジネスを取り巻く環境は大きく変化し、安全保障や防災をはじめ、さまざまな分野で宇宙活用への期待が高まっています。同社も、長年培ってきた衛星通信事業のノウハウを活かしながら、衛星通信事業者から「宇宙ソリューションプロバイダー」への変革を進めています。宇宙事業のイノベーションを推進する茂成さんに、これまでの歩みと現在の挑戦、そしてこれからの展望について伺いました。
宇宙事業の歩みと新たな挑戦
スカパーJSATは、2008年に衛星放送サービスを展開していた「スカイパーフェクト・コミュニケーションズ」と衛星通信事業者の「JSAT」が合併して誕生した会社です。
1989年に日本で初めて民間通信衛星の打ち上げに成功して以来、約40年にわたり日本の宇宙産業を牽引しています。
当社の宇宙事業の基盤となっているのが、通信関連事業です。電力やガス、鉄道といった社会インフラ事業は、災害などの非常時にも通信を確保することが欠かせません。衛星通信は、そうした重要な通信手段として活用されています。また、有線通信を利用できない船舶や航空機向けの通信サービス、国内衛星放送なども当社の重要な事業領域です。
衛星通信・放送を担うのは、北米からインド洋まで、世界中の上空に保有する17機の静止軌道衛星です。静止軌道衛星は、地球から36,000㎞上空を地球の自転と同じ速さで周回し、地上からは止まっているように見えます。この特性により、広いエリアへ継続的かつ安定的に電波を届けることができます。
加えて、近年新たな成長領域として力を入れているのがスペースインテリジェンス事業です。高精度な地球観測データを安全保障や防災などに活用する事業で、拡大が期待される新たなビジネス領域です。
こうした観測データの取得を担うのが、低軌道を周回する地球観測衛星です。近年は、新聞やテレビのニュースでも高精度の衛星画像が活用される機会が増えています。高い解像度を持つ衛星では、車両などを識別することも可能です。
これまで当社は外部パートナーから提供を受けた衛星画像を利用してきましたが、今後は自社で衛星画像を取得するために、米国プラネット社から次世代の光学観測衛星「Pelican」10機を調達しました。今後数年にわたり順次打ち上げを進め、衛星コンステレーションの構築を予定しています。あわせて、データ解析を専門とする人材を採用し、社内で地球観測データを扱う体制も整えました。
これは、これまで他社が取得した地球観測データを販売するビジネスから、自社でデータを取得・活用する事業モデルへ発展させるための取り組みです。自社による地球観測衛星コンステレーションの構築に向けた投資額は約400億円にのぼり、スペースインテリジェンス事業の成長に向けた大きな挑戦のひとつとなっています。

ⒸPlanet Labs PBC
次世代光学観測衛星「Pelican」
地球観測データの活用で広がる可能性
安全保障や防災をはじめ、さまざまな分野で地球観測データへの期待が高まっています。中でも安全保障分野では、国による予算拡充を背景に、その活用ニーズが急速に高まっています。当社も、防衛省による衛星コンステレーション関連プロジェクトに参画するなど、安全保障分野における地球観測データ活用の拡大に取り組んでいます。
また、地球観測データは昨今多発している自然災害に対する防災ソリューションとしても注目されています。例えば、衛星画像に熱赤外線データを読み解くセンサーを組み合わせることで、山火事の状況を迅速に把握することができます。さらに、台風や豪雨のときは上空に雲がかかり撮像が難しいため、地表にマイクロ波を当ててその反射データを取得するSAR衛星を活用することで、盛土や斜面の変状をミリ単位で把握することが可能となり、災害リスクの早期発見や予防に役立てることができます。
災害が起きてしまったあとも、被害状況を直接観測することで、被災された方の申告を待たずに保険金の査定や支払いを迅速に進めることができます。これは実際に保険業界で活用が始まっています。
防災以外にも、山奥にあるインフラの監視作業や、固定資産の確認など、これまで人が直接訪れて確認していた作業を衛星データの活用で代替できる可能性があります。作業自体の効率化はもちろん、働き手不足へのソリューションにもなるでしょう。他にも、人や車の流れを測定して地域の特性を捉えることで、小売業の出店計画などに役立てられるかもしれません。

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成田国際空港の光学衛星画像
お客さまと共にビジネスの種を探る
衛星の運用やデータ解析など、宇宙事業にはさまざまな専門知識や技術が必要です。ただ、どれほど優れた技術やデータがあっても、それだけでは価値になりません。実際に活用され、社会やお客さまの課題解決につながって初めて意味を持つのだと思います。
地球観測データを活用した新たなビジネスは、当社だけで生み出せるものではありません。どのような可能性があるのか、私たち自身もまだ把握しきれていない部分が数多くあります。また、お客さま自身も、自社の課題が、宇宙のデータと結びつくとは考えられていないのが現状です。だからこそ、まずはお客さまの困りごとを丁寧に伺いながら、地球観測データをどのように活用すれば課題解決につながるかを一緒に考えていきます。そのプロセスは、コンサルティングにも近いかもしれません。お客さまと意見交換を重ね、検証を繰り返し、新たな価値を共につくり上げていくのです。
その過程で、営業のスタイルも大きく変わりつつあります。既存のサービスを提案するだけでなく、お客さまと課題を掘り下げながら価値を創り上げる。そんな共創型の営業へと進化しています。
お客さまやパートナーとの関係は、お互いに価値を生み出せるものでなければなりません。宇宙ビジネスでは、ひとつのプロジェクトや契約が長期間にわたるのが一般的です。そのため、一方だけが得をするような形では成り立ちません。

だからこそ、最初の合意形成が重要です。契約内容や条件はできるだけシンプルにし、変えてはいけない部分と状況に応じて見直せる部分を整理しておく。担当者が代わっても円滑に運用を継続できる体制を整えることも大切です。長く良好なパートナーシップを築くためには、技術や契約以上に、互いを理解し信頼関係を築くことが欠かせないと思っています。
成功を信じてチャレンジするしか道はない
当社では“Space for your Smile”というグループミッションのもとに、「5つの問いかけ」として行動指針を定めています。「挑戦をつづけ失敗から学んでいますか?」「新たな価値をともに創っていますか?」「待つことが正しい判断ですか?」「そのままで期待を超えられますか?」「大切な人に自分の仕事を語れますか?」。
これらの行動指針にあるとおり、当社にはチャレンジを後押しする風土があります。事業アイデアや新たな案件への挑戦を歓迎し、その実現に向けて積極的に支援しています。もちろん、実現可能性や収益性などの精査は必要ですが、挑戦する価値があると判断できれば、まずはやってみようというのが当社の考え方です。
宇宙を舞台にしたビジネスは、チャレンジの連続です。優れた衛星を調達しても、ロケットでの打ち上げに失敗すればすべてが一瞬で灰になる世界。だからこそ、不確実性を受け入れながら挑戦を続けることが欠かせません。
中には、結果が伴わず失敗に終わるプロジェクトもあります。多額の先行投資が必要になるケースも多く、成果につながらなければ撤退を判断せざるを得ないこともあります。ただ、たとえ失敗に終わったとしても、そこから何かを学ぶことができれば、次の挑戦につながるはずです。
社員のアイデアが新たな事業を生む
そうしたチャレンジがかたちとなった例のひとつが、宇宙ビジネスのスタートアップ、Orbital Lasers(オービタルレーザーズ)です。社内スタートアップ制度のもと、当社のエンジニアがプロジェクトを立ち上げ、2024年1月にカーブアウト*しました。同社は、スペースデブリ(宇宙ごみ)への対策や衛星LiDAR(ライダー)による高精度地形観測など、レーザー技術を活用した新たな宇宙サービスの実用化に取り組んでいます。
スペースデブリは、ロケットや人工衛星の打ち上げの増加に伴い、年々増え続けています。特に、地上700㎞以上の高度に打ち上げられる衛星は運用終了後も軌道上に残るため、宇宙空間を持続的に利用していくうえで大きな課題となっています。Orbital Lasersは独自のレーザー技術を活用し、スペースデブリの軌道制御や除去など、宇宙空間の持続的な利用に貢献する技術の開発を進めています。
衛星LiDAR事業では、JAXAと連携し、衛星画像から正確な「高さ」の情報を把握する技術を磨いています。高度なレーザー技術で、昼夜を問わず地表面からの高さ情報を計測することが可能です。
また、通信や放送といった従来の事業領域にとどまらない取り組みも生まれています。「SATELLITE CRAYON PROJECT」は、人工衛星が撮影した衛星画像をもとに、地球に実在する色をクレヨンとして再現するプロジェクトです。同じ海でも、ひとくくりに「青」とは表せないほど、多彩な色が存在します。宇宙から見つけた地球の色を通して、地球に興味を持ち、もっと知りたい、好きになりたいと思うきっかけをつくることを目指して立ち上げられました。
「海のクレヨン」から始まり、現在は、「山のクレヨン」「湖のクレヨン」へシリーズが広がっています。それぞれの色にはあえて「あお」や「みどり」といった名前を付けず、その色が存在する地点の緯度・経度を記しています。
現在は、クレヨンシリーズから生まれた36色とそれぞれの地点の緯度・経度やストーリーを生かしたカラーブランドを展開しており、文房具をはじめアパレルや生活雑貨など、さまざまな企業・ブランドとの協業を通じて、宇宙から見つけた地球の色を暮らしの中で楽しめる商品へと広げています。
*経営戦略の一環として、親会社が子会社や自社事業の一部を切り出し、新しい会社として独立させること

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本質を外さないのは意見を言い合えるから
優れたアイデアや情熱があっても、それだけで事業は成り立ちません。理念に共感し、協力してくれるメンバーが集まることで、プロジェクトは動き出します。会社を立ち上げるとなれば、経営のノウハウはもちろん、組織の体制構築やリソースの確保、ガバナンスの整備など、さまざまな視点が必要になります。
新しいことを始める時には、多くの人を巻き込み、議論しながら進めていく必要があります。ましてや、前例のない取り組みについての正解は、誰にもわかりません。ルールそのものをつくり上げていく場合もあるし、それがこれまで当たり前とされてきた考え方を覆す可能性もあります。
議論の過程では、意見の衝突も起きるでしょう。関わる人の数や立場の数だけ、それぞれの正論があります。感情を持ち込まず、お互いを理解しようと努め、折り合いをつけていくことが大切です。
私がこれまで携わったプロジェクトのひとつに、船舶向けの衛星通信サービスの立ち上げがあります。当時は技術面や制度面での課題も多く、安全性や信頼性と、お客さまの運用上の使いやすさをどのように両立するかが大きなテーマでした。
衛星通信システムは、一度導入されると長期間にわたり利用され続けることがほとんどです。私は営業としてお客さまのご要望を直接伺っていたため、それらを実現するために既存のルールや体制を見直すことに挑戦しました。
お客さまの役に立ちたいという想いは、部署や立場が違っても共有されています。それまでの常識となっていたルールを変えることや、関係者を説得することは簡単ではありませんでしたが、お客さまがどのような事情を抱えていて、何を望んでいるのかを丁寧に説明することで、理解や同意を得ることができました。その時に導入したシステムは、現在も使われています。
今思えば、私は入社当初から生意気だったかもしれません。ただ、風通しがよく、上下関係にこだわらず意見を言い合えるのが、当社のいいところです。さまざまな立場の人が率直に意見を交わすことで、物事の本質に立ち返りながら議論ができる。そうした土壌が、新しい挑戦を支えているのだと思います。
宇宙産業の可能性を切り開くために
私たちは、衛星やロケットなどのハードウェアをつくる会社ではありません。宇宙インフラを活用し、価値のあるサービスを提供する会社です。日本国内では、通信衛星の運用からサービス提供まで一貫して手がけてきた経験を持つ、ユニークな存在です。
強みは、最先端の技術やシステムを見極め、宇宙へ打ち上げた後も長期間にわたって安定的に運用できることです。これまで、ボーイングやロッキード・マーチンなど世界トップクラスのメーカーから数多くの衛星を調達し、その開発や試験のプロセスにも携わってきました。管制センターなどの地上設備を含めた宇宙インフラを長年運用してきた経験とノウハウがあります。
こうした経験から、宇宙ビジネスに挑戦するスタートアップを支援するのも、私たちの役割だと考えています。例えば、衛星を製造する宇宙ベンチャーに対し、「こういう試験を追加したほうがよい」「この部材を採用した方がよい」など、アドバイスを提供できます。また、打ち上げ後に24時間365日体制で衛星を運用する人材やインフラも、スタートアップにはなかなかありません。そうした衛星運用を当社が担うことで、スタートアップの挑戦を後押しすることができます。
宇宙産業の成長には、安全保障の観点から国産技術や国内基盤の強化が欠かせません。一方で、宇宙産業のサプライチェーンは世界とつながっており、すべてを国内だけで完結させることも現実的ではありません。また、持続的に成長していくには、国内市場だけでなく海外市場でも競争力を発揮する必要があります。
日本の安全保障や産業基盤の強化に貢献しながら、グローバル市場でも価値を生み出していく。その両立を目指し、さまざまな企業やパートナーと協力しながら、産業全体の発展に貢献していきたいと思っています。
日本で初めて民間通信衛星の打ち上げに成功してから約40年。事業環境が大きく変化する中で、私たち自身も挑戦を続けなければなりません。衛星通信事業者から「宇宙ソリューションプロバイダー」へ。多様なパートナーと共に、宇宙産業の可能性を広げていきたいと考えています。
『こんな会社で働きたい 若手が成長するグロース&イノベーションカンパニー編』
クロスメディアHR総合研究所編/株式会社クロスメディア・パブリッシング刊
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