NPO法人健康経営研究会 理事/株式会社ルネサンス
健康経営企画部長 樋口 毅
健康経営という言葉は、2006年にNPO法人健康経営研究会が考案しました。当初の定義は、「健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」です。その後、2021年に定義を深化版として見直し、「人という資源を資本化し、企業が成長することで社会の発展に寄与すること」という言葉を新たに追加しました。改めて健康経営を「人を資本として、企業の成長と社会を発展・循環させていくための経営戦略」として位置づけたのです。
近年、人を「人的資源(Cost)」から、「人的資本(Capital)」として、企業の投資対象に位置づける動きが一層に高まってきました(下記図表1-1)。企業はこれまで、成長のために「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つの経営資源を活用してきましたが、これらはすべて「ヒト」が使わなければ価値は生まれません。健康経営が生み出す最大の価値は、この代替不可能な「ヒト」への戦略投資をもって新たな人資本価値を社会に生み出していくことです。
健康経営を普及させるにあたり、NPO法人健康経営研究会は、「未来は予測するものではなく、創るもの。」という視点から、目標とする未来予想図を描き、逆算して解決方法をデザインすることに取り組んできました。
健康経営という言葉を考案した2006年当時、日本は人口動態の変化から、15年後には働く人の高齢化が問題となっているであろうと考えました。再雇用や雇用延長が当たり前になり、労働環境の中で高年齢従業員の健康問題が重視され、企業の健康課題が経営課題に直接つながる社会になると考えたのです。当時は、法律で定められた健康診断をやりっ放しにする企業も少なくなく、このまま企業が健康への投資をおろそかにし続けた場合、確実に従業員の健康問題が経営課題につながるであろうという懸念がありました。未来を豊かにするために、健康管理を経営的な視点から捉える必要性を感じたのです。
そして、これから10年の健康経営では改めて、人の価値をさらに高めることを目指しています。今、日本にある資源は「人」だけです。しかし、少子化により「人資源」もこれから減少していきます。これからの社会を持続的に発展させていくためには、人という資源を資本化していくことが、日本が持続的に成長していくための最後の鍵になると考えています。
健康経営で企業と働き手がWIN-WINに
現在、政府で健康経営の推進を後押ししてくれているのは経済産業省です。その目的を、企業の業績および企業価値の向上に寄与・貢献する政策として位置づけています。従来の法制化された枠組みの中で、企業を管理するのではなく、企業の成長を積極的に支援しているところが大きなポイントです。
経済産業省と連携する省庁としては、厚生労働省とスポーツ庁などがあり、団体としては日本健康会議やNPO法人健康経営研究会などがあります。顕彰制度としては、経済産業省が中心となり、健康経営銘柄と健康経営優良法人という制度が設けられています。健康経営優良法人のうち、大企業は「ホワイト500」、中小企業は「ブライト500」という名称で、それぞれ上位500社に顕彰しています。
ここで、世界に目を向けてみましょう。これから日本では、国内の上場企業、とくにプライム市場に上場している企業において、従業員に対する人的資本への投資内容についての開示が義務化されていきます。すでにアメリカでは、SEC(米国証券取引委員会)により、企業への人的資本投資開示が義務化されており、国際標準化機構(ISO)が「ISO30414」として、人的資本情報開示のガイドラインを示しています。国際的にみても、人的資本への投資が大きな潮流となってきています。
しかしながら、アメリカと日本の企業経営には、雇用慣行において大きな違いがあります。アメリカには、日本の労働基準法のような労働関係全般に関する統一的な法規は存在しません。アメリカは、使用者と労働者のどちらからでも、自由に雇用契約を解約できるという原則のもとでの契約制度であり、健康についての考え方も自己責任を前提としています。
これに対して、日本は、一度雇用した人を簡単には解雇できません。健康診断も法制化された枠組みの中で義務化されていますし、医療保険も皆保険制度です。結果として、これまでの日本は、従業員の健康や働き方については、国と企業の取り組みが一体化されており、法制化された枠組みの中で、企業が従業員の健康を考えることが当たり前でした。健康経営は、こうした雇用慣行の流れから新しく生みだされた、日本独自の経営戦略だと私たちは考えています。
企業が健康経営に取り組むメリットは、企業の持続的な成長に貢献できる人が集まるようになることです。今後、生産年齢人口の減少や雇用の流動化が進んでいく中で、優秀な人の数で企業価値が大きく変わっていきます。サプライチェーンも含めた、外部の優れたビジネスパートナーから選ばれる会社になるためにも、健康経営への取り組みが一層に大切になっていきます。
昔から日本の企業には人を大切にする文化がありました。そのルーツとなるのが、近江商人の「三方よし」という考え方です。売り手よし、買い手よし、世間よしというバランスを大切にすることは、社会の発展と自社の成長を、売り手である「人」の力をもって取り組む健康経営のあり方と共通点があります。人という資源を資本化するための積極的な投資を行うことで、いかに優秀な人が集まる魅力的な会社になり得るかが健康経営の最大のテーマです。
他方、働き手にとってのメリットは、健康経営に取り組む会社で働くことで、自分の価値を高められることです。社会の持続的な発展に貢献できる企業において、やりがいを感じながら働くことで、スキルが身につき、さらに、このスキルを社会に循環させることで、さらなる自己の成長につながります。つまり、健康経営は、企業と働き手の双方にとってWIN-WINな戦略となります。
従来の「健康経営1.0」が法令遵守・健康管理視点ならば、現在の「健康経営2.0」は企業の中での人資本視点、そして、これからの未来の「健康経営3.0」は社会資本としての人が、複数の企業をパートナーとして共創価値を高めていく社会へと変化を遂げていくでしょう。
全体的に広がりを見せる健康経営
健康経営は全国的に広がりを見せています。健康経営優良法人の認定に関しては、申請数、認定数ともに毎年右肩上がりで、健康経営優良法人2023のデータを参照すると、中小規模法人部門の申請数は1万4430社(そのうち、ブライト500の申請数は3274社)と、前年に比べ1581社増えています。また、2022年度から経済産業省主導だった運営事務局を日本経済新聞社へ委託したことにより、これまで無料だった申請料が有料になりましたが、それでも申請する企業の数は減らず、むしろ増加傾向にあります。
上場企業の場合はすでにイノベーター理論でいうキャズム(新たな製品が世に出た際に、その製品が市場に普及するために超える必要のある溝について説いた理論)超えを果たしていて、健康経営はメインストリーム市場に入っています。
つまり、上場企業では健康経営が当たり前になりつつあるのです。前述したように、上場企業は2024年度以降、人的資本情報を外部開示することが義務づけられていきます。この情報開示によって、上場企業では、健康経営の取り組みも、企業の魅力を示すための積極的な開示項目へとつながっていきます。
一方、中小企業を見ると、採用に苦戦している業種ほど、健康経営に一所懸命取り組んでいる傾向があります。全体の申請件数も非常に伸びている中でも、たとえば、建設業や製造業は申請数が確実に増えていますし、運輸業・物流業はネット通販の成長・拡大などにより業績こそ好調ですが、採用面で苦戦しています。企業として着実に成長しているものの、人不足で困る企業ほど、自社をよき会社として認知してもらうために健康経営に取り組んでいると言えるでしょう。
中小企業に関しては、全国で約420万社が登録されています。仮に420万を分母とすると、健康経営優良法人の申請をしている会社は1万4000社になるので、パーセンテージとしては、まだ1%にも満たない状態です。しかし、健康経営優良法人とは別に、日本健康会議が全国健康保険協会(協会けんぽ)と一緒に進めている「健康宣言企業」という枠組みでは、宣言企業は2022年現在12万3000社に増えており、着実に健康経営に取り組む中小企業が増えています。
健康経営に取り組む先進的な企業
健康経営に取り組む先進的な企業として、ここでは情報通信業種から2社の事例をご紹介します。
1社は、SCSK株式会社です。同社は第1回目から8年連続で健康経営銘柄の認定を受けています。以前のIT業界は休日出勤や長時間労働が常態化しており、SCSKも同様でしたが、その環境を改善すべく、従業員への投資を積極的に行ってきました。
その施策のひとつに、労働時間の適正化があります。具体的には適正化された残業代を社員に還元するという施策を導入したのです。結果、月の残業時間が20時間未満になり、業績も向上しました。
また、SCSKでは働き方改革を推進するにあたり、パートナー企業に対し、社長名をしたためた手紙で協力を依頼するなど、経営者が人への投資を経営戦略として取り入れ、自らの率先的な行動をもってリーダーシップを発揮しました。近年では、健康経営の投資により、従業員のヘルスリテラシーが高まり、さらには健康的な習慣を獲得している人ほど生産性が高いという相関を明らかにするなど、健康経営の成果を積極的に情報開示するまでに至っています。
もう1社は日本電信電話株式会社(NTT)です。NTTは「ワーク・イン・ライフ」というキーワードを健康経営に掲げ、働く場所に縛られない会社づくりを目指しています。コロナ禍では、テレワークなどのデジタル化の導入により在宅勤務が推進された結果、働く場所と暮らす場所を自由に選ぶことが当たり前の社会へと移行しつつあります。そこでNTTでは、従業員が柔軟に働けるように、オフィスに日々通勤することを前提とするのではなく、リモートワークを基本とし、必要な際に出社する新たな働き方(リモートスタンダード)を導入しました。
従来は、共働きの家庭の場合、パートナーが転勤を命じられたら、単身赴任を選択せざるを得ず、結果、どちらかに育児や介護などの負担が強いられることになりました。ワーク・イン・ライフは働く人に寄り添った投資であり、同社がこのような社会の負を解消するために率先して取り組むことは、結果として新たな事業価値を生み出すことにもつながっていきます。
また、直近の健康経営のトレンドとして、企業は、高年齢従業員の健康確保に取り組む必要性に迫られています。現在、日本で一番多い労働災害は転倒や腰痛などの、いわゆる行動災害と言われており、厚生労働省からは、サービス産業に従事する55歳以上の女性の転倒災害が多いというデータが示されています。
特に、飲食業や小売業、社会福祉業に多く、再雇用等の雇用延長や、定年制度の廃止など、働く人の年齢が高齢化すればするほど起こる健康課題が企業の中で顕在化していきます。これからは、生活習慣病起因のアルツハイマー型認知症等を発症する従業員など、高齢になればなるほど再雇用者の健康度が減退していくという課題があります。会社にとっても、従業員にとっても、一層に、健康であることが、働き続けるための必須条件になっていくことでしょう。
経営戦略としての健康経営
健康経営に取り組む企業には2種類あります。経営戦略として明確に従業員への健康投資を位置づける企業と、そうではない企業のいずれかです。当たり前ですが、そのうち外部からの評価を受けやすいのは前者です。健康経営は、経営戦略の中に位置づけられなければ具体的な事業活動にはつながらないからです。
しかしながら、前述のように日本は、法令遵守や安全配慮義務という法制化された枠組みから、国が健康管理のガイドラインを示してきました。その結果、本来は手段であるはずの法令遵守そのものが、目的化されてしまっている企業が多く存在しています。それが後者の企業です。そもそもの目的が法令遵守であれば、人を通じてそれ以上の価値を生み出していくことは困難です。そんな中、前述の2社のように、社会の発展と企業の持続的な成長を循環させるための源泉として、従業員の健康に投資をする企業も増えてきています。
このような企業では、法令遵守は従業員の安全と健康を守るための手段として、位置づけられており、さらには、法令遵守の枠組みを超えた独自の戦略に取り組んでいます。そして、そのような企業には、必ず健康経営の目的が、経営理念と経営戦略の中で明示され、そのうえで戦略対象となるテーマや、投資対象となる人がターゲティングされており、かつ対象に合った施策が適切に実行されています。
また、健康経営において従業員の健康問題は、働く場所と、人と人とのコミュニケーションの間に解決の鍵があると捉えています。NPO法人健康経営研究会の岡田邦夫理事長が「生活習慣病は労働環境病だ」と指摘しているように、働く人の健康を高めていくためには、従来の心と身体の健康づくりへの投資にとどまらず、職場の快適さ(コンフォート)と、風通しのいい職場(コミュニケーション)への投資が必要です。
つまり、会社で働く人の健康が損なわれている場合には、個々人の自己責任だけではなく、職場環境の改善から働きかける投資こそ、企業の中で新たな価値を生み出すチャンスなのです。
個人の自分ごと化と、組織の自分たちごと化
前述のように、法制化された枠組みの中だけで行われる企業の健康管理は、戦略ではなく施策ベースがほとんどです。安全衛生も働き方改革も、企業の規模が大きくなればなるほど施策が分散し、手段が目的化しています。従業員の人資本価値を高めることを共通目的とした投資をしているにもかかわらず、結果としてバラバラのテーマに取り組んでいることがほとんどです。このままでは本当にもったいないと思います。
これらの共通項を探り、ひとつの大きな戦略テーマに束ねていく視点が、「ビッグ・ホワイ」です。注意が必要なのは、このビッグ・ホワイは全体の最適化を図ることでの無駄(ロス)をなくすことを目的としてはならないということです。手段をどんなに効率化しても、真の目的である「人資本」価値を生み出すことができなければ意味がありません。最も大切なことは、経営者(層)の倫理感に基づく経営戦略として、それぞれの戦術を紐づけていく視点および取り組みです。
このように健康経営を経営戦略として進めることを前提に考えていくと、多くの企業で、実は「個人の自分ごと化」が進まない理由として、「組織の自分たちごと化」が進んでいないという壁にぶつかっていることがよくわかります。従業員一人ひとりの「個人の自分ごと化」の前にやるべきは「組織の自分たちごと化」で、組織が主体的に健康経営にコミットメントするか否かがポイントになります。「自分たちごと化」と「自分ごと化」が進まない理由は、組織に健康経営に対する理念がなく、その理念に基づく風土が醸成されていないからです。理念や風土がない中でイベントだけが行われていて、そこに参加する理由を誰も説明できず、だからうまくいかないというケースがほとんどです。
もうひとつ、施策の有効性を検証するためには、重点対象者の設定が重要だということです。そもそもどういう人に参加してほしいのかが定まっていないと、「イベントに人が集まらなかった」ということが起こります。すると、従業員が参加しない理由の検証すらできません。そもそもひとつの施策ですべての従業員のニーズやウォンツを満たす取り組みをつくることはほぼ困難です。誰に(WHO)➡何を(WHAT)➡どのように(HOW)。従来からあるセールス・マーケティングのフレームワークに基づき施策を決定すれば、多くの課題は解決できるはずです。
管理職による風通しのいい会社づくり
「経営者が健康経営に関心を持たない」という話をよく聞きます。ただし、従業員の健康を軽視している経営者は存在しません。話を聞き原因を探ると、経営者と健康経営担当者とのコミュニケーションに齟齬があるケースが少なくありません。
経営者は、会社にとって人が大切であることこそ理解していますが、「なぜ社員が健康であることに価値があるのか」という質問をこれまで受けた経験はほとんどありません。その結果、説明責任を果たしてこなかったということが現状かと思います。今後は、上場企業においては、人的資本の開示により、投資家などから「御社が重視する人的資本経営とは何ですか」という問いが当たり前に発せられるようになります。その結果、経営者にはこの問いに回答する義務が生じます。もしも答えられないようなことがあれば、今まで実践してきた取り組みは、形骸化された投資だったと判断せざるを得ないのではないでしょうか。
また、従業員数が少ない中小企業の場合、経営者はとても大きなパワーを持っています。本来であれば、そのパワーは働く人を支援するために使われるべきですが、間違った使い方をするとハラスメントになってしまいます。中小企業の経営者の場合、よかれと思い、社員の声を聴かずにトップダウンだけで取り組むと、「社長が言うから仕方なく実施する」というようなことが、よく起きています。このような会社でその経営者は、残念ながら裸の王様になってしまっているのかもしれません。
ここで必要なのは、中間管理職が現場の声を聴いてトップとボトムをつなげることです。経営層と従業員の間に中間管理職が介入し、ミドルアップダウンによって、現場には経営層の声を、そして経営層には現場の声をきちんと伝えていくべきです。このような対話ができないと、経営層が間違った戦略を間違った戦術で実行してしまう可能性があります。風通しがよくコミュニケーションがスムーズな職場環境であれば、ミドルアップダウンは難しくないはずです。
健康経営で取り組む施策の意義・目的は、会社によって異なります。たとえば、健康について、私が健康経営企画部長を務める株式会社ルネサンスの場合はフィットネス事業者なので、従業員にはお客様に健康を届けるプロフェッショナルとして、健康づくりに取り組むことを求めています。健康診断結果に基づく対応や、運動の実施、食生活改善、睡眠の向上、禁煙など、健康を目的とした生活習慣改善について、評価制度の中で一人ひとりに対して「健康」に関する目標設定を義務づけています。このように同じ健康をテーマにしたとしても、業によって目的・意義は異なるはずです。一つひとつの施策が、経営者の倫理感に基づく経営戦略になり得るかどうかを考えることが大切です。
「ウェルビーイング」な会社づくりとは
健康経営に関するキーワードとして、「ウェルビーイング」という言葉の意味を知っておくことは、とても大切だと思います。世界保健機関(WHO)憲章の前文には、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」という文言があり、この「すべてが満たされた状態」がウェルビーイングとされています。
ウェルビーイングをテーマに、健康経営に取り組む企業は、特に従業員の「社会的な健康」の向上にも、目を向けていると言えます。社会的な健康とは、単に心身の病気にならないということではなく、社会資本としての人の育成と快適な職場環境づくりを両立させているという意味です。健康経営も含めて、ウェルビーイングを大切にしている会社が、どのような目的のもとで、具体的に取り組んでいるのかを知ることは、学生などが就職する際に、企業を選ぶうえでひとつの指標となるでしょう。
一方で、最近の学生は、小中学生の頃から授業でSDGsについて学んでいて、その意義を強く感じています。そのため、学生は「社会への貢献」と「企業の成長」を同時実現している企業を見つける感度が高くなってきていると思います。すでに、現代は高度成長期の企業の発展(企業の利益)をもって、社会の発展をつくる、「生産➡消費➡廃棄」の消費型社会は崩壊してきています。これからは、持続可能な社会の発展が、直接の企業の発展(企業の利益)を生み出し、「循環➡再生➡持続」のサイクルを回す循環型社会へと世界規模で移行していくことになるでしょう。
ぜひ、学生のみなさんには、解きたい謎=発展させたい社会課題を見つけることが、自分自身の「働きがい」と「生きがい」を生み出すチャンスにつながることを理解していただきたいですし、企業には、改めて、「人という資源を資本化し、企業の成長もって、社会の発展に寄与する。」という健康経営が目指す真の意図をご理解していただきたいと思います。
人生100年時代の働き方を考えよう!
これから就職する学生や若手社員が企業に求めていることは、その企業に長く留まることではなく、次のステージへ進むまでにいかに成長できるかではないでしょうか。私たちは今、Human Capital Transformation(通称HCX[ヒックス])という考え方を広く伝えようとしています。
今後は雇用の流動化が加速し、企業の中で兼業や副業が当たり前になり、さらにはフリーランスの人が大企業をパートナーとして働くことが当たり前の時代になっていきます。近年、「ゆるブラック企業」という言葉が生まれたように、給料が安定していて残業もないけれど、成長にもつながらない企業には魅力がないとみなされます。
私は企業の新卒研修の講師をする機会があるのですが、入社して間もない新入社員に「これから働くうえで一番心配なことは何ですか」とアンケートをとると、一番多いのは「老後の生活」という回答です。つまり、働き始めるときから定年後の生活に不安を抱えている若者が多いわけです。
これから大切なことは、生涯にわたって働き続けることができる力をどう磨いていくかを、今から考えていくことだと思います。今後、定年を撤廃する会社も一定以上は増えていくかもしれませんが、こうした企業に就職したとしても、将来は安泰かというと、人生100年時代を迎えていく中では、ひとつの企業で長く務めあげることで価値を生み出すことは一層に難しくなるかもしれません。
心理学者のアブラハム・マズローは、「マズローの欲求階層説」で、人間の欲求を理論化し、ひとつ下の欲求が満たされることで、次の欲求を満たそうとする基本的な心理的行動を示しました。しかしながら、これからの時代に働く私たちは、あえて、下からではなく階層の頂点から考えることで、働くことの目的そのものを見直していく必要があるのかもしれません。
まずは、社会の発展につながる、自分が働きたいと思う、好きな仕事のテーマを見つけること。そのうえで、そのテーマに向けて、自分の可能性を最大限に磨くことができる場所(会社)を見つけること。そして、仕事を通じて、できることを増やし、好きなことを得意に変えていくこと。そして同じテーマの実現に向かう新たなパートナー(会社や仲間)と出会い、さらに共創していくこと。その結果として、自分自身を生涯にわたって成長させていくことで、自立できる稼ぎを得ること。社会と自分のつながりの中で、自分が必要とし、社会から必要とされる仕事を見つけることができれば、結果として、働きがいや生きがいを得ることができるのではないでしょうか。
そして、そのためにも、改めて、「身体の健康」「心の健康」「社会的な健康」の3つの健康が人生の基盤となることも決して忘れてはなりません。
(プロフィール)
順天堂大学大学院健康・スポーツ科学研究科修士課程修了。トッパングループ健康保険組合、凸版印刷株式会社等を経て、現在は株式会社ルネサンスの健康経営企画部長を務める。また、NPO法人健康経営研究会理事、健康経営会議実行委員会事務局長、健康長寿産業連合会事務局長/健康経営ワーキング座長、経済産業省健康投資ワーキング委員などを兼任。健康経営の概念の実装および普及・啓発をはじめ、「働く人の健康」をテーマに多岐にわたる活動を行っている。
『こんな会社で働きたい ウェルビーイングな働き方を実現する健康経営企業編』より転載。