2026.07.30

組織開発アドバイザー 望月 賢一 「自分で選んだ」という感覚が、人的資本を育てていく

「人的資本」は会社のものではなく、一人ひとりが持つ大切な資産――。そう語るのは、ソニーで長年人事領域を歩み、現在は人的資本経営の研究・支援に取り組む望月さんです。「自分にはまだ人的資本がない」と考える学生も少なくありません。しかし望月さんは、「誰もがすでに人的資本を持っている」と話します。企業と従業員が「選び、選ばれる関係」へと変化する中、人的資本の育て方について伺いました。

※本記事の掲載内容は取材当時(2026年5月時点)のものであり、現在は異なる場合がございます。

プロフィール
組織開発アドバイザー
望月 賢一

ソニー株式会社入社後、長らく人事総務やHRBP業務に従事したのち、2016年4月ソニー人事センター長に就任。2020年7月より2022年3月までソニーピープルソリューションズ株式会社代表取締役社長を務めた。その間、グローバルHRプラットフォーム部門長、DE&I推進部長を兼任し、HR領域でのITソリューション活用推進(HR DX)に取り組み、ソニーグループのDE&I推進活動もリード。2023年に社会構想大学院大学のコミュニケーションデザイン研究科へ進学し、同大学院での学びを深め、2025年5月にソニーを退職。現在はフリーランスとして組織開発アドバイザーや富山大学の協力研究員として人的資本経営などの研究・支援を行っている。一般社団法人プロティアン・キャリア協会顧問。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。


私は、1987年にソニーに入社後、ずっと人事を担当してきました。本社部門で統括責任者を務めたあとは、大学院でコミュニケーションデザインを学び、専門職修士を取りました。現在は、個人事業主として、地域の中小企業の経営課題解決をサポートしています。また、一般社団法人で「人的資本経営」に関連するセミナーや勉強会の企画運営にも携わっています。

近年注目されている「人的資本経営」では、人材を“コスト”ではなく“資本”として捉え、その価値を高めていく考え方が重視されています。その中でも重要なのが、「人的資本投資」という視点です。

人的資本投資とは、人材の価値を最大限に引き出すために、会社が従業員に対して行う投資と理解されていると思います。「人的資本は会社が所有している」という考え方が一般的かもしれません。しかし、私はそれに違和感を覚えていました。もし従業員たちが会社から離れていったら、会社の人的資本は一気になくなってしまいます。そう考えると、人的資本は会社ではなく、従業員一人ひとりが所有しているものだと言えます。

私が人的資本経営の考え方を説明する時によく使っているのがこの貸借対照表を使った図(※1)です。前提として、従業員を人的資本を所有する投資家であると考えます。従業員は、会社に自分のスキルや知識などの自分が持っている人的資本を投資します。会社はそのリターンとして、報酬だけでなく、成長や学習の機会、働きやすい環境などを従業員に提供します。

それにより従業員は、専門性や自己効力感が高まって、さらに自分の人的資本を増やすことができます。結果的に会社の価値も高まっていくという良い循環が生まれます。

●人的資本経営の貸借対照表的な捉え方(概念図)

●キャリア戦略実行のための棚卸し=キャリア資本とは

仕事に役立つ知識・スキル・経験など
ポータブルスキル(持ち運びできる能力)を磨く
競争力につながる複数の専門スキルを身につける

人脈・人的ネットワーク
キャリアをつくるには人との関係性が鍵を握る
強いつながりと弱いつながり両方大切

収入や貯蓄、保険など
マネーリテラシー(お金の知識)により資本を形成
キャリア開発のために、経済資本を活用(再投資)

(※2) キャリア資本の考え方「一般社団法人 プロティアン・キャリア協会」提供

私が顧問を務めているプロティアン・キャリア協会では、キャリア資本には「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」の3種類があると定義しています(※2)。

ビジネス資本は、職歴、資格、語学などの仕事をするために持っているスキル。社会関係資本は、職場や友人などの人間関係のネットワーク。経済資本は、資産や株式などの経済的な資本のことです。

今後は定年が伸び、私たちは65歳~70歳まで働くことになるでしょう。一方で、「企業の寿命は30年」といわれており、事業の寿命よりも個人の職業人生のほうが長い時代です。

だからこそ働き手は、一つの会社や事業に身を委ねるのではなく、キャリアを主体的に築いていくことが求められます。「いま自分はどんな人的資本を持っているのか」「それをどう高めて、将来の仕事につなげていくのか」を繰り返し考えながら、人的資本を育てていくことが重要です。

私は会社と従業員の理想の関係は、お互いに選び選ばれる関係になることだと思っています。これは、『人材版伊藤レポート2.0』で伊藤邦雄先生が述べている通りです。いままでは、会社が従業員を選ぶという考え方が一般的でした。しかし、人口減少社会に突入した日本では、働き手に選ばれる会社であることがますます重要になってきます。だからこそ、会社は、「あなたが持っている人的資本をわが社に提供しませんか」と、自社の魅力を働き手にアピールする必要があります。

そのために、ヒューマンキャピタルレポート(会社の人的資本経営の取り組みに関する報告書)などを発行し、社内外へ情報開示する会社も増えてきています。従業員の人的資本を増やすために、会社はどんな成長機会を提供しているのか。例えば、社内公募制度はビジネス資本を伸ばす機会につながります。自分の職場だけでなく、他部署の人とつながるコミュニティ活動の機会は、社会関係資本を伸ばすことにつながります。

また、会社の方針や価値観、会社で必要とされるスキルや経験についても、情報開示することが大切です。会社がしっかり情報提供することで、働き手は「自分の人的資本をその会社でどう活かせるのか」を考え、会社を選ぶことができます。

一方、従業員は「自分の人的資本をどう活かし、伸ばしていけるのか」という視点で、会社を選ぶことが大切です。そのためには、まずは自分が「どんな人的資本や価値観を持っているのか」を認識し、会社にそれを見えるように、伝えていく必要があります。働き手も、自分自身を開示し、会社も従業員向けにきちんと情報開示していくことが、お互いに選び選ばれる関係をつくります。

新卒・第二新卒の方は、「自分には人的資本がなく、ゼロからのスタートだ」と思ってしまうかもしれません。でも、大丈夫。誰もが資本の礎となるものは持っています。

例えば、ビジネス資本。学校で勉強してきた知識や語学、資格。アルバイトの職務経験もビジネス資本になります。学校の先生や友人との関係は、社会関係資本です。

スキルや知識以外にも、自分が新しいことをやりたいタイプなのか、慎重派なのかといった性質も、人的資本になります。

若手は、会社が求める基準に対して、まだ十分な人的資本を持っていないかもしれませんが、成長余力があります。

「人的資本が足りないからダメだ」とネガティブに考えるのではなく、逆に足りていない部分をチャンスだと捉えてください。チャンスを獲得するために、「なぜその仕事に魅力を感じるか」を伝え、意欲を示せばいいのです。会社に入ってからは、常に「人的資本を増やしていく」という感覚を持って、仕事にしっかり取り組み、足りない部分を満たしていけばいいと思います。

自分がどのような人的資本を持っているのかを知るためには、人と対話することをおすすめします。いまではAIでも対話的なコーチングができますが、実際に人と会話をすることが大事だと思います。対話を通じて、自分でも気がついていないような人的資本や、チャンスに気づける可能性があるからです。特に、社会経験が豊富な年配の方と話すと、自分とは違う視点からのフィードバックをもらえて、新しい発見があると思います。

フィードバックをもらった時、「評価された」とその内容をネガティブに受け止める方もいらっしゃいますが、あくまでも一つの意見として受け止め、自分のほうからコミュニケーションをシャットアウトしないことが重要です。また、一人の意見だけでなく、同じことを複数人に聞いてみると視野が広がります。受け身ではなく、自分から積極的に対話の機会をつくってみてください。

人的資本を伸ばせるかどうかは、最後は本人の努力次第です。「会社が支援してくれる」のを待っているだけではなく、自分から主体的に行動する必要があります。

冒頭の人的資本経営の貸借対照表で、「他人資本」という考え方も示しています。他人資本とは、「これくらいの時間働くので、その対価の報酬さえもらえればいいです」という割り切った関係のことです。

「自分が成長するためにこの仕事を頑張る」という主体的な発想ではなく、「〇〇さんにこの仕事をするようにと言われたから」とやらされ感で仕事をしていると、他人資本の関係で会社とつながってしまい、仕事を通じた成長が難しくなります。それでは、自分の人的資本は増えていきません。自分の人的資本を主体的に会社へ投資していくことで、自分自身の人的資本も育っていくのです。

主体性と聞くと、「あれがしたい」「これがしたい」と積極的に自己主張しないといけないと思うかもしれません。でも、「会社から求められている役割をきちんと果たせるように頑張る」というのも、自分で選んでさえいれば、主体的な行動といえます。

私がいたソニーでは、入社時から「あなたはどうしたいの?」とよく自分の考えや意思を聞かれていました。そういう時に、私は強い意思を持って「あれがしたい」と言ったことはほとんどありませんでした。マーケティングや経営企画の仕事も面白そうだなと思うこともありましたが、人事という仕事が嫌いではなかったので、違和感を抱くことなく続けてきました。

人事の仕事は、いろいろな職種の方と一緒に取り組む機会が多くあり、それが楽しいと感じていたのかもしれません。例えば、マーケティングの部署の方と話すと、「この人たちのマーケットビジネスがもっとうまくいくために、人事として何をすればいいのかな」と考えていました。

私自身は「ここで会社やチームに期待されていることを頑張ろう」と真摯に仕事に取り組んできました。こういう姿勢は、ひょっとしたら消極的に見えるかもしれませんが、私にとっては納得感のある選択でした。どんな時でも「自分で選んだ」という感覚を持って仕事を頑張れば、自分の人的資本を増やしていけると思います。

自分のキャリアを築くうえでは、「Will・Can・Need」という考え方が大切です。(※3)Willは自分のやりたいこと、Canは自分のできること、Needは会社が求めることです。

まず会社で何が必要とされているのか(Need)をきちんと理解したうえで、自分のやりたいこと(Will)との重なりをつくっていくことが大切だと思います。そのうえで、Canは自分で一生懸命勉強すれば、広げていくことができます。

会社によって事業環境は異なるので、当然求められるもの(Need)も違います。それを理解しないまま、自分の自己実現(Will)ばかり考えていても、良いチャンスには巡り合えません。それは、会社が必要としていないキャリアを、「この会社でやりたい」と言っても、会社はチャンスを与えることができないからです。

だから、まず会社のNeedを理解して、自分がそれにどう貢献できるのかを考えるほうが良いと私は考えています。多くの場合、仕事は上司からアサインされます。それが自分の希望と違ったとしても、「まずはここで経験を積んでみよう」という柔らかい発想で、前向きに取り組んでみると、そこで新しいCanが身につき、ひょっとしたら新しいWillも芽生えてくるかもしれません。

一方で、Willから機会を得ていくために、「どんな人的資本や価値観を持っているのか」「自分はどんなことがやりたいのか」といったことを自己開示して、会社と対話していくことも大切です。自己開示するためには、自分の中に「人的資本」や「価値観」を整理しておく必要があります。就活生の場合は、学校の勉強、アルバイトや部活からどんなことを学んできたのか、という自分の人的資本の整理、棚卸しをしておくと良いと思います。

また、自分の価値観について掘り下げておくことも大事です。自分にとって楽しい仕事とはどういう仕事なのか。自分が成長できることなのか、報酬が良いことなのか、仲間とチームワークを発揮できることなのか。その価値観や思いを言葉にして、人に伝える訓練をしておくと良いと思います。

自分の人的資本や価値観を自己開示してうまく伝えられると、「この仕事、興味があるならやってみたら?」と第三者が思わぬチャンスをくれるかもしれません。このように会社との対話の中で、NeedとWillの重なりを柔軟につくっていくことが大切だと思います。

従業員としっかり対話してくれる会社かどうかは、採用時のコミュニケーションにも現れます。面接やOGOB訪問すると、会社の魅力を話してくれるのはもちろんだと思いますが、自分に関心を持ってくれているのかどうか。ここが重要かなと思います。特に、自分の価値観につながるような話をした時に、その企業の方が関心を持って聞いてくれるか。ここは冷静に見るといいと思います。

例えば、アルバイトでのリーダー経験を話した時に、企業の方が、「そのリーダーシップはシェアドリーダーシップ(チームのメンバー全員がリーダーシップとフォロワーシップを流動的に分担し合う状態)だね」と返してくれたとします。自分の経験に、ポジティブな意味づけをしてくれる人がいる会社だったら、入社した後も人的資本を伸ばしやすい環境があると思います。

会社の仕事では当然成果が求められます。楽しい仕事ばかりではなく、時には「つらいな」「めんどくさいな」と思うこともあると思います。

ただ、「決まったことだからやって」と一方的に言う会社と、「この仕事はこういう理由で大切なので、それを得意なあなたにやってほしい」というように丁寧に対話してくれる会社では、同じ仕事でも受け止め方が変わってきます。後者の組織では、自分の成長の可能性に気づきやすくなることでしょう。

DE&Iの文化が浸透している会社なら、心理的安全性が高く、一人ひとりの従業員も本音を言いやすいはずです。そういう会社なら、入社してからも自分の価値観や悩みを本音で話せると思います。

最近は、どの会社も「DE&Iに取り組んでいます」と言いますが、大切なのはその取り組み方です。ぜひ企業の担当者の方に「DE&Iにどう取り組んでいますか」と質問してみてください。その際に、統合報告書(企業の財務情報と非財務情報をまとめた報告書)に載っていることをそのまま話すのか。それとも、「うちの会社では人事異動を伝える際に、きちんと理由を説明して従業員とコミュニケーションをとってくれるよ」というような、その方自身が体験したことを事例にDE&Iの取り組みを語ってくれるかどうか。また、企業の担当者の方が「会社としての見解ではないけれど、個人的にはこう思う」といった本音を語ってくれるかどうかも確かめてほしいポイントです。

「自分のやりたいこと(Will)」を持つのは大切ですが、キャリアを一本道で考えて、ゴールを固めすぎてしまうと、柔軟性がなくなってしまいます。例えば、「自分はエンジニアになってコーディングのプロになる」と目標を決めて自己研鑽を積んでいったとします。でも、いまではAIが進化して、エンジニアの知識がない人でも、コーディングができるようになりました。

このように、環境の変化によって、自分の人的資本の価値が変わってしまうこともあります。なので、いつの時代でもスキルを伸ばし、新しいスキルを獲得することで自分の人的資本を補っていかないといけません。投資家は、価値の変動を踏まえて資産を売却して、ほかの資産の購入に資本を振り向けたりします。そうして資産を入れ替えながら、ポートフォリオを組んでいきますよね。キャリアでも同じように、「自分にはこの仕事しかない」と一つのスキルに固執しすぎず、「柔軟に人的資本の構成を組み替える」という発想を持つことが大切です。

そのためには、自分で自分の可能性に蓋をしないことです。「自分には向いていないと感じて避けてしまう」「思っていたのと違う仕事をアサインされたから辞める」というのは、とてももったいないことだと私は思います。そこに自分の資本を活かせる道があるのに、チャンスに気づけていないだけかもしれません。

社会に出たばかりで、自分の可能性に気づくのはなかなか難しいと思います。ですから、定期的に、誰かに相談してみるのがおすすめです。例えば、キャリアセンターのキャリアアドバイザーの方が、大学卒業後も相談にのってくれるかもしれません。いろいろな方に話を聞くことが、自分でも気づいていなかった可能性の蓋を開くきっかけになります。あまりビジネスライクに人付き合いを考えすぎず、さまざまな世代の人とお話ししてみてください。

自分の可能性を広げるためには、社会人になってからも「学ぶ」姿勢が大切です。私の場合は、キャリアの終盤に大学院に行ったことで、自分の経験を理論で整理することができました。

例えば、組織マネジメントや人材開発には、社会学や心理学の学術研究やそこからの知見が活かされています。私はそうした理論を知らずに、現場で経験を積んできたのですが、学びを通じて「あの仕事はこういう理論に基づいていたんだな」と、再発見することができました。いまでは「もっと早く勉強しておけばよかった」と後悔しています。

学びは、自分のキャリア形成に大きなインパクトを与えます。実践的な知識やスキルだけでなく、自分の仕事を俯瞰して見られるような、学術的な学びの場を持つことをおすすめします。大学院まで行かなくても構いません。書籍を読むことや、勉強会に参加してみるのも学びです。

ぜひ、若いうちからさまざまな知見に触れてほしいと思います。自分の可能性を広げるという意味では、これまで触れてこなかった分野を学んでみるのも良いかもしれません。

また、最近は高校や大学、会社でもキャリア研修を実施しているので、そうした機会があればぜひ面倒くさがらずに受けてほしいと思います。目の前の仕事に一生懸命取り組んでいると、「自分がどういう経験を積んできたのか」を俯瞰的に振り返る機会がなかなかありません。

キャリア研修を受講することで、自分の人的資本がどう積み上がってきたのかを振り返る機会になります。「やっぱりこの仕事で頑張っていこう」と仕事へのモチベーションを再確認するきっかけにもなるかもしれません。

自分の価値観は、結婚、子育て、介護などのライフイベントによっても、どんどん変化していくものです。だからこそ時々立ち止まって、定点観測をすることが大事です。

そういう時に相談できる仲間がいるほうが、自分の可能性や新しいチャンスにも気づきやすくなると思います。ぜひ、他者との対話を大切にしながら、柔軟に人的資本を積み上げていってほしいと思います。


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