
「個」を語る前に、私たちは年齢、性別、国籍など、さまざまな「属性」を背負っています。属性は空気のように存在し、他者理解にも自己認識にも影響します。野村ホールディングスのDEI推進部を率いる中西さんは、自身の経験から「属性への理解が必要」と語ります。ただ同時に、「とらわれすぎてもいけない」とも。思い込みを取り払い、一人ひとりが実力を発揮することで、正解のない時代を歩んでいく。野村が目指すのは、多様性が最大限に活かされ、インクルージョンが文化として息づく未来です。
※本記事の掲載内容は取材当時(2026年5月時点)のものであり、現在は異なる場合がございます。
プロフィール
野村ホールディングス DEI推進部長
中西 康恵
関西大学にて地理学を専攻。商業地理への関心から通信販売会社に入社し、コールセンターに配属。職員の採用育成評価に携わる中、専門性を高めたいとオーストラリア、メルボルン大学で人材管理修士号を取得。帰国後、採用コンサルティング業務を経て、フィリップス・ジャパンで7年間のHRBP(HRビジネスパートナー)業務を経験。2014年に野村證券入社。HRBPのコーポレート機能のグローバルリードなどを経て、2023年4月よりDEI推進室長、2026年4月より現職。
「属性」から始まる多様性の議論
30歳の時に、オーストラリアにあるメルボルン大学の修士課程で人材管理を学びました。新卒以来、採用・育成・評価・配置登用といった人材マネジメントサイクルに関わってきた中で、それらを一度体系的に学び直したいと考えたからです。
大学院で履修した講義の一つに、「マネジング・ダイバーシティ」があります。文字通り、多様性をどのようにマネジメントするかを学ぶ科目です。
印象的だったのは、ダイバーシティの議論において、性別や国籍などの“属性” に焦点が当たっていたことです。「人は一人ひとり違う」と“個人”に着目するよりも、まず属性で捉える。そして、属性がマイノリティとされている人々がどのような課題を抱え、それをどう克服していくかという点から議論が始まっていました。
オーストラリアはメルティングポット(人種のるつぼ)と呼ばれる国です。特にメルボルンは、さまざまな国の出身者によるコミュニティがあり、チャイニーズタウン、イタリアンタウンといった、人の“属性”が当たり前のように代名詞として存在しています。人々は、属性が混ざり合った社会の中で、自分の属性を背負って生きているともいえるでしょう。
そういったバックグラウンドの異なる人々に囲まれた環境で、私も「自分はいったい何の属性を持っているのか」を、強く意識するようになりました。30歳、女性、日本人、ノンネイティブ、社会人経験あり。「他人からどう見られているのか」を意識し、理解するほど、“自分らしさ”に自信を持てなくなりました。しかし同時に、それと向き合う大切さに気づくことができたのです。
属性理解から個の理解へ
DEI推進において、属性による違いを捉えることは重要です。
例えば、「男性」と「女性」という属性があります。属性別に観察するからこそ、「女性の管理職が少ない」という課題が見えてくる。すると、「なぜ男性と同じように登用が進まないのか」という問いが立ちます。女性たちの状況を詳しく調べると、ライフイベントとの両立の難しさや女性特有の健康課題に気づくことができます。同時に、それを口に出せない職場の雰囲気や男性上司の理解が十分ではないといった課題が浮かび上がるかもしれません。
属性ごとに分析することで、そこに属する人々がなぜ成果を発揮しづらいのかという問題の構造が見えやすくなります。そこに対して施策を打つこともできます。
ただ、同じ属性でも家庭の状況や生き方はまったく異なります。同じ女性でも、どのように働きたいかは人それぞれ。それは男性でも、外国籍の方であっても同じです。
単に属性だけで判断すると、そういった個々の違いを見落としてしまいます。野村でも過去に、無意識に慣例化していた男女差がありました。例えば、キャリアに関する面談で、男性に対しては転勤や海外勤務など発展的なキャリアの希望について質問するのに、女性には聞いていなかったという気づきがあったと教えてくれた方がいました。マネジメント側が「女性だから」「子どもがいるから」転勤は難しいと属性だけで思い込んでいたからだと思います。
属性ごとの特徴や課題を大まかに理解した次に必要なのは、「その人自身」を見ることです。家庭と仕事のバランスをどう感じているのか。健康状態はどうか。LGBTQ+であることで、不安を抱えていないか。周囲の理解はあるか。
一人ひとりを丁寧に見ていくと、属性だけでは捉えきれない「その人」が抱える課題が見えてきます。個の力を最大限に引き出すためには、属性に着目した施策を進めながらも、もう一歩踏み込んで、一人ひとりのニーズに応えていくことが大切だと感じています。
“自分らしさ”に思い込みはないか
個々の多様な働き方や価値観は、組織のゴールと結びついてこそ大きな力になります。大切なのは、会社のパーパスを、部署、チーム、個人へと丁寧に落とし込み、組織が目指すところと個々の価値観や強みを接続していくことです。「自分がやりたいこと」だけでも、「会社の方針」だけでも十分ではなく、その両者をつなぐ対話が必要です。
ただ、個人が「自分のやりたいこと」を考える時、知らず知らずのうちに自分の属性に影響されることがあります。人は、属性によって形づくられた役割意識や、周囲から向けられる期待に無意識にとらわれ、自分自身のことも思い込みで「箱」に閉じ込めてしまう可能性もあるのです。“自分らしく”働き、成果を発揮するというのは、実はとてもチャレンジングなことです。
自分の属性にとらわれず、広い視野を持つためには、外に出て世の中を知ることが大切です。普段目に入るニュースや、検索サイトの上位に表示される情報の多くは、自分の興味に沿ったものが自動で選択されています。そうしたエコーチェンバーから抜け出す意識、そして行動が必要です。
例えば、書店や図書館で、普段読まないジャンルの本を手に取ってみるのもいいでしょう。なじみのない分野の流行を知ったり、初めて聞く言葉に触れたりすることで、自分のいる世界がすべてではないと気づけるはずです。
同様に、知らないコミュニティに飛び込み、マイノリティ経験を積むことも大切です。例えば、旅行先で地元の人と話をしたり、地域の文化体験に参加したりするのも一つの方法です。普段とは違う環境で、自分の当たり前が通用しない状況を経験し、自分がどう見られているのか意識することが、新たな自分を発見するきっかけになります。
私は転勤族の家庭で育ち、子どもの頃は転校を何度も経験しました。自分が「よそ者」であると意識する機会は多かったと思います。留学は、そのようなマイノリティ経験の最たるものでした。
異なる価値観が暗黙知を可視化する

属性を超えて一人ひとりを理解するためには、それぞれが声をあげられる環境づくりが欠かせません。文化や暗黙知を共有する集団にマイノリティとして加わると、何が前提かわからず、疑問を口にしづらくなる場合があります。ささいな疑問も歓迎されないことがあります。これは、DEIへの理解や知識の問題というより、組織の心理的安全性の問題です。
DEIを推進していくためには、数字や属性だけの議論ではなく、組織の文化を変えていく必要があります。例えば両立支援制度を整えても、「言いづらい」「迷惑をかけたくない」という心理的なハードルが解消されなければ、その制度は活用されません。同じ職場にいても互いに価値観や考え方が違うということを前提に、わからないことをわからないと言える、違和感や疑問を発言できる環境をつくる。そういった異なる意見を受容する文化を築くことが、インクルージョンであり、DEI推進の本質です。
マイノリティが疑問や意見を発することは、組織の暗黙知や阿吽の呼吸で成り立っていたものを言語化し、認識の共有につながります。そうした対話の中から新たな発想が生まれ、より良い意思決定につながる可能性もあります。「それはおかしいのではないか」と率直に声を上げられること自体が、リスク管理の質を高めることにもなるでしょう。DEIは、マイノリティのためだけではなく、組織全体の判断の質と創造性を高め、企業価値の向上につながるものなのです。
私は、組織が成果を生み出す仕組みにも、人々が無意識に抱いているイメージとその実態に乖離があるのではないかと感じています。「リーダーとはこういう人」「成果を出すにはこういう力が必要」と思い込んで、自分はそれに当てはまらないと感じている人や、周囲からそう思われている人がいるとしたら、その人の力は十分に発揮されていないかもしれません。
全員が実力を出せていなければ、多様性を最大限に活かせているとは言えません。成果が生み出される構造や、バイアスが影響していないかを検証し、明らかにすることで、一人ひとりが実力を発揮できる環境をつくっていけるのではないかと考えています。
リーダーの“ふるまい”が文化をつくる

アジア最大級のLGBTQ+啓発イベントである「Tokyo Pride 2026」に今年も協賛。パレードには奥田グループCEOをはじめ、社員・家族・パートナーが総勢120名で参加しました。
多様な価値観を受容する組織文化の醸成には、リーダーのふるまいが特に重要です。マジョリティ側のリーダーが、マイノリティをサポートする意思を明確に示すことで、マイノリティの当事者は勇気を出して発言することができます。そうした意見が組織に肯定的に受け入れられれば、誰もが積極的に発言できるようになり、正の循環が生まれます。
こうした組織文化を育てるうえで、DEIを推進していくリーダーにこそ、マイノリティ経験が必要です。リーダーとなる人々は、高いスキルを発揮して大きな成果を上げてきたことで、その立場に就いています。成果を上げられた背景には、マジョリティ側に属し、暗黙知を理解しやすかったり意見が言いやすかったりした面があるかもしれません。
もともとマイノリティ側にいた人でも、地位が上がるにつれて自分と似た考えの人に囲まれるようになります。耳が痛いことを言ってくれる人、異なる価値観を率直にぶつけてくれる人がいないと、マイノリティ側の意識は薄れていきます。
リーダーには、自分の“当たり前”が、他者にとってはそうではないかもしれないと考えられる想像力が必要です。自分がどのような属性として見られているのかを理解し、自分も属性で人を判断していないかを振り返る姿勢が求められます。
バックグラウンドや価値観の異なる多様な声に耳を傾けながら組織をまとめていくには、コストも時間もかかります。組織のメンバーは我慢せず疑問や意見を発するべきですが、リーダーには逆に「忍耐力」が必要です。「時間をかけてでも実行する」という覚悟が問われていると言えるでしょう。
野村グループCEOの奥田はまさにその姿勢を体現しています。奥田の代表就任後、取締役会議に参加する女性社員や外国籍社員が増え、多様性は格段に高まりました。その分、会議時間が長引くようになったことを、奥田は大らかに受け止めています。あらゆる角度からの質問が増えたことで、新たな発見があり、より良い意思決定につながっていると感じているようです。
こうしたコミュニケーションの手間や労力は、組織の規模が大きければ負担が増すかもしれません。例えば、ベンチャーやスタートアップ企業では、新しいビジネスアイデアを実現するために、さまざまな相手に言葉を尽くして説明し、共感を得ながら仲間や資金を集めていきます。こうした過程を通じて、多様な人々と協働するためのコミュニケーションが自然と根づいているケースが多いように感じます。
一方で、大企業では役割が細分化しているために、一人ひとりが自分の業務に集中しがちになります。自分の仕事だけを見ていては、外部環境やテクノロジーの変化に対応できません。組織の課題に気づいていても、自分の役割でなければ口を出さないということもあるでしょう。良くも悪くも、組織の「部品」になってしまう。大企業こそ、コミュニケーションコストを払ってそういった組織文化を変えていく必要があると言えます。
時代に合わせてDEIを問い直す

野村のダイバーシティが大きく前進した背景には、2007年のサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機があります。2008年に米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、当社は同社の人材承継やサービス関連企業の買収に踏み切りました。その結果、約8対2だった国内・海外の人員構成比率は55対45となり、グローバル化が急速に進みました。
ただ、多様な人が“いる”ことと、多様性が“活かされている”ことは違います。当時は多様性の土台があっても、そのポテンシャルを十分に組織の力へ変えられていませんでした。
例えば、総合職はもとの組織や新卒採用などの属性により3つの雇用区分に分かれていて、就業規則、福利厚生、報酬体系も異なっていました。あらゆる属性や評価制度が混ざり合ったことで、「それぞれにとっての最適な運用」を模索していたのだと思います。その後、2020年に総合職が一本化されたことは、DEI推進の土壌を整理するうえで大きな意味があったと感じています。
DEIは、一度掲げて終わるものではなく、社会や組織の変化に合わせて問い直し続けるべきテーマです。野村では、2016年に「グループ・ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」を採択し、以降、2019年のスローガン・ステートメントの策定、2024年にステートメントの改定と、見直しを繰り返しながらDEI推進を続けてきました。その間、社会全体としても、企業に「多様な人がいるか」だけでなく、「活躍できているか」「公平な機会があるか」が問われるようになっていきました。
こうした流れの中で、野村のDEI推進部の活動は、2015年に発足した「ダイバーシティ&インクルージョン推進室」に始まりました。組織再編の中で何度か形を変えながら、2023年に「DEI推進室」として人事部門内に再設置され、2026年4月に現在の「DEI推進部」になりました。現在は11名のチームで、国内外グループ各社の担当者を合わせると約30名がDEI推進に携わっています。
現場に広がる人の輪と行動
野村のDEI推進は、マネジメントによるトップダウンと、社員たちの活動によるボトムアップの両輪で進めています。
トップダウンの取り組みのひとつは、社内外への発信です。経営陣の「多様性は組織の力」という考え方やグループの取り組みを社内に浸透させると同時に、社会に対しても広く発信しています。大企業である野村が率先してDEIを重視する姿勢を社会に示すことで、「勇気をもらった」と言っていただくこともあります。
一方、ボトムアップの核となるのは、社員が業務時間外に自主的に運営している「DEI社員ネットワーク」という活動です。社内外から講師を招いた講演会や啓発イベントなどを自発的に企画・運営する3ネットワークが国内では活動しており、扱うテーマは健康・育児・介護・女性社員のキャリア・多国籍など多岐にわたっています。
DEI推進部はそういった活動の後方支援として、予算や運営支援を通して、活動を盛り立てています。DEI社員ネットワークの活動は、テーマの一つである障がいやLGBTQ+のアジェンダにおいて、当事者同士のつながりをつくり、アライといわれるその支援者の輪を広げ、社内理解の促進に大きく貢献しています。
また、DEI推進部の仕事の一つに、企業のKPI開示もあります。情報開示は政府から求められているという側面もありますが、男性育児休業や有給休暇の取得率、時間外労働などのデータは、「みんながいきいきと働けているか」を測るバロメーターになります。
●野村グループのDEI社員ネットワーク

例えば、介護を理由にした退職者が増えていることがデータで見えたとしたら、そこに何らかの課題があるかもしれません。当事者にインタビューをして状況を把握したり、相談のしづらさに課題があるなら専門家の相談窓口をつくったりと、対策を取ることができます。
最近では、各部署がインクルーシブな職場環境をつくるために何をすべきかを自主的に考え、動き出していて、そういった取り組みに対してレビューを求められる場面が増えてきました。「お客さまに野村のDEI推進について説明したいからアドバイスがほしい」と相談を受けたり、顧客訪問に同行したりすることもあります。以前よりも現場がDEIを自分ごととして捉えていると感じます。
「未来の種」を一人ひとりが持っている
野村は昨年、創立100周年を迎えました。世界情勢は日々変化しテクノロジーが急速に進化する中で、現代の私たちは、どこに進めばよいのか、誰も正解を持っていません。もし、目指す場所が明確に決まっていて、そこに至るプロセスも計算できれば、効率的に人材を集めて目標に向かうこともできるかもしれません。昭和の時代の組織運営はそれに近いものだったと思います。
しかし、これからの時代に同じことを繰り返していては、会社の発展はありません。次の100年に向けて持続的に成長するためには、多様な人々が集まり、「自分たちの存在意義は何か」「これからどこへ向かうべきなのか」を、問い続けることが必要です。
「一社員にすぎない自分は何も変えられない」と思うかもしれません。でも、私たち一人ひとりが未来を拓く種を持っているかもしれないのです。立場や属性を超えてさまざまな視点から議論を尽くすことで、次の方向性を見出していくことができるはずです。
こうした挑戦の姿勢は、野村のDNAです。業界初の取り組み、新しい地域への進出、新たなプロダクトの立ち上げ。常に挑戦し続けてきたからこそ、いまの野村があります。先輩方が残してくれたこのDNAは、変化が激しい時代だからこそ、一層大切にしなければいけないと感じています。
DEI推進部としては、最終的に「DEI推進部いらずの野村」になることを目指しています。それは、全員が活躍できる仕組みを、各自でつくれるようになるということです。必要に応じて役割を分担し、学び合いながら、チーム単位でセルフマネジメントできるようになれば、DEIを推進する専任部署が旗を振る必要はなくなるでしょう。いまはまだ道半ばですが、いつかDEIが、施策ではなく企業文化になった時、DEI推進部はいらなくなるのだと思います。
写真・資料提供:野村ホールディングス
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