ゲームやAR(拡張現実)・VR(仮想現実)にはサステナビリティへの興味を広げる力がある――ゲームやテクノロジーを生かした教育なども広がるなか、ゲーム制作業界で約30年というベテランが率いる「スタジオ スレッジハンマー」では、「遊びを通して、新しい世界と出会ってほしい」と多種のゲームやAR・VRの制作に取り組んでいる。
これまでは、業界でも一目置かれる3Dグラフィック制作の技術で、各種のゲーム制作に貢献してきた。そこから現在は、並行して自社タイトルのオリジナルゲーム開発・販売にもちからを入れている。その第一作目は「水中の世界」がテーマ。ゲームの持つ可能性や魅力、同社のこれまでとこれからについて、澁谷康宏代表に語っていただいた。
バーチャルの水中世界がもたらすUX
今、私にとっても、当社にとっても初となるオリジナルゲームを開発しています。タイトルは『マイメード-my Mermaid-』。プレーヤーはメインキャラクターである人魚を育成しながら水中の世界を構築していく、いわゆるシミュレーションゲームです。
セールスポイントの一つとして考えているのは、プレーを終えた後―つまり、水中の世界を全部作り終えた後に、そのアニメーションをエンドレスでモニターに映し続けられる機能です。モニターを水槽に見立てるイメージですね。プレーヤー自身が作った水中庭園の中を、美麗な人魚が泳ぎ続けている。そんな幻想的な世界観を体験してもらいたいと思っています。
そのため、今回はいつにも増してビジュアル面にこだわっています。
例えば、眺めていて日本人には親近感が湧くように、そして海外の人には新鮮さを感じてもらえるように、人魚は和風にしました。人魚というとギリシア神話やマーメイドをイメージしがちかもしれませんが、そこをあえて日本の絵柄にし、いわゆる美麗系の手描き絵をベースにしました。赤い人魚がいるのですが、この子は土佐錦(=金魚、トサキン)を擬人化しています。
オリジナルタイトル『マイメード-my Mermaid-』から
こういうゲームは制作するのに早くても1~2年、大きなものなら5年くらいかかるものなんです。現段階ではまだ全体の20%くらいしかできていません。しかし、その段階のアニメーションを今回開催された東京ゲームショウ2022で流したところ、国内外問わず、たくさんの方に足を止めていただけました。絵柄的に男性うけな印象ですが、お立ち寄りいただいた方々には女性も多く、美しいものをずっと見ていたい、という気持ちは、老若男女問わず共感されるのだと改めて確信しました。
もともと弊社は3Dグラフィックのビジュアル制作に強みがあります。私たちが持っている技術を最大限に生かし、このゲームでは、泡や水のゆらぎ、ブラー(ボカシ)などで水中感を作り出しています。それによってプレーヤーの方には、自分も水中にいるような錯覚を疑似体験してもらえればと思います。
テレビゲームというのは子ども―小学生から高校生くらいの年齢層の遊びであり、物事を知るきっかけという認識があるので、個人的な想いとしては、このゲームを通して「水中ってこんな感じなんだ」「きれいな自然っていいな」と感じてもらいたいですね。
私もその一人ですが、小さい頃に受けた印象は大きく、そこから空想力が広がったり、新しい世界に出会ったりするものなので。大げさに聞こえるかもしれませんが、テレビゲームという遊びを通して、自然の大切さを感じたり、地球環境などに関心が広がったりすることがあると思うのです。
3Dと出会って、人生が一変した
私がこのように思う背景には、自身の体験があるんです。子どもの頃、ゲームセンターというのは不良のイメージで、そうそう近づけるものではなかったのですが、小学4年生くらいのときに当時の株式会社ナムコ(現・株式会社バンダイナムコアミューズメント)のゲームに出会い、「あっ、ゲーム業界で働こう!」と見た瞬間に思った程の衝撃と胸の高鳴りを感じました。
ゲームのなかでストーリーがちゃんと完結していて、世界観にリアリティがある。そしてキャラクターも魅力的でした。そのゲームの結末をなんとか見たくて、何度もコンティニューしながらプレーしていましたね。
それだけだとただのゲーム好きの話かもしれませんが、ゲームをきっかけに自分の関心がより大きく広がっていたことに気づきました。例えば海外のゲームをプレーした時はその国に関心が広がるし、時代モノならその時代に興味が湧いてきました。そのなかでも特に好きだった『源平討魔伝』を通して源平合戦や鎌倉幕府のことを調べるようになっていましたし、『信長の野望』(現・株式会社コーエーテクモゲームスが開発)をプレーした時はたくさんの武将の名前を知るようになっていたんです。
このような私の原体験があったからこそ、ゲームには人の興味関心を広げる力があると確信しています。さらに、ゲームは興味関心の入り口として、ハードルが低いと思います。なので「何かをやってみる」というときの出会いのきっかけとして、子どもたち、そして大人にとっても有効な学びのツールだと思っています。
「どうやって興味の湧く世界を構築するの?」というのがクリエイターとなった今の私の大きなテーマになるわけですが、そこにおいても、私の場合は過去の「衝撃的な出会い」が影響しています。それが「コンピューターグラフィックス(3D)」でした。
先ほど触れたように、当社の強みの一つに3Dグラフィックのビジュアル制先方作があるのですが、その発端は、高校生の頃に映画などで3Dの世界を体験したことでした。
それまでの私は、美大への進学を志しながら、好きなゲームのキャラクターをパラパラマンガで動かして楽しんでいました。しかし、3Dに出会い「これは面白い」「今までと違った表現ができるようになる」とワクワクする気持ちが興奮と共に湧き上がってきたことを覚えています。そんな強い思いにより急きょ志望校を変え、当時は国内で2カ所しかなかった3Dグラフィックの講義がある東京デザイン専門学校へ進むこととなります。
卒業後は、業界に先駆けた3DグラフィックのRPG(ロールプレイングゲーム)となる『ワイルドアームズ』(ソニー・コンピューターエンターテインメントが販売)を作るプロジェクトに加えていただきました。
ありがたいことに、新人ではありましたが、3Dグラフィックの技術者が当時はほとんどいなかったのもあり、3D部門の大半を任されたのは貴重な経験でした。
作業は膨大で、今の時代では難しい働き方かもしれませんが、月曜日から土曜日まで会社に泊まり込んで制作を続けました。
大変に映るかもしれませんが、私自身はすごく楽しかったので、作業に没頭していましたね。それがとても楽しかったんです。自分が新しいものを作っていて、それをプレーヤーの方に直接見てもらえるのですから。想像するだけでやりがいを覚えました。
プレーヤーがワクワクしながらゲーム機の電源を入れ、CDソフトをセットし、テレビのブラウン管にゲームが映り、自分が作ったキャラクターが動き出す。そして、プレーヤーの操作にそって戦い始める――。プレーヤーと制作者である自分とが、何か直結しているような感覚がありましたね。
その後は、ゴルフゲームの『みんなのGOLF』(同)を4タイトル手がけました。当時は100万本売れればビッグタイトルと言われていたのですが、そのタイトルに携わる事が出来たのは今でも感慨深いです。
幸いにも若いときにそうした実績を作ることができたので、そのあとは、大きな会社で働いたり、個人事業主としてフリーで活動したりして、割と自由に業界内でやってこられました。
ゲーム業界は、映画製作や役者の世界に近いものがあると思います。1つの作品を作るときに、いろいろな技術を持つ人たちがそのプロジェクトのためだけに集まり、終わるとさっと解散するといった感じでしょうか。
今でこそ大手会社が人材を抱える傾向にありますが、以前はそういう慣行だったので、3Dグラフィック制作の技術を持っていることで、その時々に面白そうなことに関わることができました。
おかげで人脈も広がり、今ではより仕事がしやすくなっています。
そうしたこともあって、2018年に大きな仕事を頂いたのを機に、最初は合同会社として当社を発足させました。
最強に効く、エッジの効いた会社に
私が創業のときに強く思ったことがあります。それは自社ブランドを設立したい、ということです。
依頼された仕事をこなすだけなら、フリーランスの立場でもできます。そうではなく、ブランドとして残していきたい。社名にある「スレッジハンマー」という名称は、そんな思いを象徴するものです。
大型の工業用ハンマーを意味する言葉もあるのですが、もう一方で「最強の酒」と言われるカクテルの名称に由来しています。ウオッカにライムを絞っただけのシンプルなカクテルですが、シンプルが故の『キレと強烈なインパクト』がある。よく行くバーで教えてもらったのがきっかけでした。
それをスタッフたちに話したら、面白がって「だったら会社の福利厚生もカクテルの名前にしましょうよ」ということで、当社の福利厚生にはカクテル名が付くようになりました(https://studiosledgehammer.co.jp/recruit/)。例えば、リモートワークに伴う電気代一部補助は「電気ブラン」のように。楽しさを創造し続けたい、そんなスタッフたちの気持ちから生まれたアイデアでしたね。
ちなみに、今当社の業務のほとんどはリモートワークです。本社は渋谷区恵比寿にありますが、主要スタッフが週に1度集まるくらいです。環境がない人には、パソコンはレンタルしています。どうしても、ハイスペックのパソコンが必要な仕事ですから。協力パートナーだと、静岡県や北海道の人もいますね。
これも会社の夢の一つですが、いずれはいろいろな地方の人たちとつながり、地元から離れなくても自分の時間で働ける環境を作っていけたらと思っています。
このように、リモートワークを働き方の中に積極的に取り入れたり、またセミナー受講への費用補助を行ったりしています。私は人材が何より大切だと思うので、より今の時代に合った、働きやすい環境を作っていきたいと思います。
そして、たとえスタッフが当社を離れることがあったとしても、その方の転職先で「スタジオ スレッジハンマーから来る人って、みんなすごく優秀だよね」そう評価される会社でありたいと思っています。
これからの時代、ゲームだけでなく、スマートフォンのアプリや、AR、VR、メタバースなどで、当社の技術を生かせる分野がより広く、大きくなっていくと思っています。そのプレーヤーは世界中に存在しているわけですから、言ってみれば80億人もの市場がある。
私はそこに向けて、今までにない新しいものを創造できるチームを作りたいと思っています。そしてその仲間たちとゲームのようなパーティーを組んで、ワクワクできる面白いことにどんどんチャレンジしていきたいですね。